糸井重里さん 第1回 たのしいからやる、が先にある

「不思議、大好き。」や「おいしい生活。」などの不朽の名作を生み出したコピーライター、矢沢永吉の『成りあがり』の編集者、そして、多くのファンを持つウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞(通称:ほぼ日)』の主宰者。さまざまな才能を長く今も発信し続けている糸井重里さん。クリエイティヴの源はどこにあるのでしょうか? それを探るべく、ほぼ日主催『第3回 生活のたのしみ展』が開催されている恵比寿ガーデンプレイスに糸井さんを訪ねました。インタビューの前に、まずはと手みやげを渡すと、まるで優勝トロフィーのように高々と掲げてくれた糸井さん。出会いの瞬間から、温かな人柄が伝わってきました。
- 糸井
- 優勝したお相撲さんみたいになっちゃったね。
- SOUQ
- うめだ阪急限定で売っている「マヨネーズあられ」で、女子には圧倒的な人気があるんですよ。
- 糸井
- そうですか。こりゃ控え室に持っていったら、人気者だな。

- SOUQ
- さきほど『生活のたのしみ展』の控え室を拝見しましたが、とにかくスタッフのみなさんが楽しそうなことに、ある種衝撃を受けました。
- 糸井
- アルバイトの人がとにかくいいんですよ。自分の会社を休んで、来てくれる人もいたりして。
- SOUQ
- みなさん、疲れて控え室ではグターっとしていると思いきや、あちこちで言葉が飛び交って。糸井さんもいろいろなスタッフやゲストと話を弾ませてましたね。

- 糸井
- 一部疲れた顔をしている人もいますけどね(笑)。疲れるんなら疲れればいいし、ボクもそう。動ける人は「あの人は疲れているんですねえ」なんて言いながら、「じゃあアッシが」ってすごく動いてくれる。助けた側は自慢しないし、助けられた側も「悪いな」て言って、はい、おしまいみたいな。それは、普段からそういう価値観についてずっとしゃべったり、見せ合ったりしてるからだと思うんです。

- SOUQ
- 朝からたくさんのお客さんも来ていて。お客さんも楽しそうなのが印象的でした。
- 糸井
- ほぼ日のお客さんは、すごくステキな方が多くて。変なクレームをつけたりする人がいない。
- SOUQ
- そういうほぼ日ファンのお客さんが、『生活のたのしみ展』の愉快で健やかな空気感をつくり出しているのですね?
- 糸井
- それは間違いないです。それと、『生活のたのしみ展』は、買い物という言葉で捉えられるものと捉えられないものが混じり合ってるんですよね。
- SOUQ
- それは、どういうことでしょうか?

- 糸井
- 作家さん、あるいは作家と呼ばれるのはイヤな職人さん、あるいは一生懸命になってやっている企業の担当者、そういう人たちが、それぞれのブースにいるんです。それがおもしろい。たくさんお金を出すから講演をしてくれと頼まれても、断っているという人が、ここで売り子をしているわけですよ。
- SOUQ
- ギャラが欲しくて来ているわけじゃない?
- 糸井
- そう。昔だったら、予算がこれぐらいあれば、この人呼べるぞって、人の価値もだいたいお金に換算できたんですけど、私は行きたくないと言ったらそれでおしまいなわけです。『生活のたのしみ展』では、スタイリストの伊藤まさこさんが買い物をしてたり、自分の売り場づくりをしていたり。

- SOUQ
- それだけ商売っ気なしに人が動くのも珍しいですね。
- 糸井
- 商品になっていないところで、人間がすごく交流している。で、結果的に商品に支えられて、いろいろな活動の土台はつくられるわけです。「利益は手段である」というドラッカーの言葉があるんですけど、すごい言葉だなと。利益が出ないと手段を持てないんですよね。持った手段というのが、目的があったり喜びがあったりすることでまた循環していく。昔だったら、なに理想論を言ってるんだと言われたかもしれないけど、それが理想論じゃなくて、実際にそうなっているということを肌で感じられたらいいなと思います。
- SOUQ
- 利益は目的ではないわけですね。
- 糸井
- それがみんなに伝わって、誰かが誰かにサービスをしている。先生だったら生徒に何か喜ばれたいとか、おかあさんだったら自分がつくったサンドイッチを子どもが喜んだらもっとうれしいとか。そういうのは値段をつけて同じものをつくってくださいと言ってもイヤなんですよ。日当を払われて徹夜で麻雀しろと言われて誰もしたくない。負けに負けてひどい目にあっても、したいんですよね麻雀って。そこに人間がやることの面白さがあると思います。
- SOUQ
- 確かに。お金出してもらって麻雀やりたくないですね。

- 糸井
- さっき『生活のたのしみ展』の会場で、クロースアップマジシャンの前田知洋さんが手品をやっていました。ボクが前田さんがもしここにいたら楽しいだろうなあと思っているのを察して、前田さんが「行きましょうか!」と言ってくれるんです。稼働の回数も多いですし、お仕事というより心意気で引き受けてくれています。
- SOUQ
- 前田さんの周りに、たくさん人が集まってましたもんね。
- 糸井
- みんな喜んでたでしょ? でも、お客さんからお金を取ることができないから、普通ならどうしようってなっちゃう。でも、誰かがやりたくてうれしいんだったら、前田さんに正直に相談できる関係をつくってきたことで実現するわけです。どこかに家族の間であるような気持ちや、行為のようなものがマーブル状に混じり込んでるのが、ボクらがやってることなんだと思います。

- SOUQ
- それは会場のあちこちににじみでていましたね。
- 糸井
- みんな「やりたい」という気持ちが先にあるんですよね。たとえボクらがいなくても、とにかく来たい。そうすると毎日いるんですよね。大橋歩さんが雨でびっしょりになりながら、自分でブースづくりをやってるんですよ。なぜやっているかというと楽しいからですよ。そのために私は今までやってきたんだ、というところがあって。だから商品をつくる発想だとか、いいコンテンツを持っている人を採用するとかじゃなくて、単純にお願いする、お願いされる。で、お互いが喜ぶ。これで成り立っているというところがあるんです。

取材・文/蔵 均 写真/新田君彦
『生活のたのしみ展』の話から見えてきた、糸井重里さんの考える楽しいことややりたいこと。次回第2回は、クリエイティブの現在進行形についてお届けします。