「terihaeru(テリハエル)」 ションヘル織機が奏でる尾州100年の息吹 | SOUQ ZINE スークジン

「terihaeru(テリハエル)」 ションヘル織機が奏でる尾州100年の息吹

「terihaeru(テリハエル)」 ションヘル織機が奏でる尾州100年の息吹
クリエイターたちのものづくりを支える工場や工房を訪ねる「ファクトリー・ファイル」。第3回は、愛知県一宮市・尾州地方に拠点を構える気鋭のテキスタイルブランド「terihaeru」の工房をご紹介します。

尾張一宮駅から15分ほど川沿いの平たい道を車で走ると、のんびりとした風景の中に「毛織」の文字を見かけるようになります。 ここは日本有数の高級毛織物の産地・尾州地方。毛織物専門の工場、「機屋(はたや)」が集まっているエリアです。古くは尾州紬、現在はツイード地のスーツや秋冬のコートやジャケットなど、高品質なウールを生み出す産地として、国内はもちろん欧米の一流メゾンからもオーダーを多く受けています。「terihaeru」の工房は、明治期に創業した木玉毛織株式会社の工場に間借りしています。

「明後日から展示会で、出機(でばた)のおじいちゃんにお願いしていた生地が今朝織り上がったところです」

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「terihaeru」デザイナーの小島日和さんが抱えてきたのは、夜空の星をテーマにした新作。空気をたっぷりと含んでいていかにも柔らかそうです。「terihaeru」の生地にはつい手を伸ばして触ってみたくなる魅力があります。

「これは織機から外したばかりの生機(きばた)と呼ばれるもので、このあと洗いにかけるとウールが縮んで生地の表情が変わります。毛織物は織り終えて完成するものではなく、洗って仕上げる工程、つまり水が必要です。この尾州産地は、木曽川と、ここに来る途中でご覧になった日光川というふたつの水の恩恵を古くから受けて栄えてきた土地なんです」

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「私たちテキスタイルデザイナーは、できあがりの絵をイメージするだけではなくて、織っている時や洗った時に糸がどういう表情になるかという特性を知った上で、糸選びをして設計をします。素材や織りのことを勉強しないとテキスタイルデザインはできないと思います。テキスタイルって、デザインなのに数字ばっかり出てくるんですよ」

そう笑って、小島さんは職人さんに渡したという指示書を見せてくれました。

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「この生地の場合は経糸(たていと)が1190本。格子模様のようですが、縦と横が交互に重なる平織りではなく、黒の糸の中からブルーとグレーの糸が上に浮かび上がるようにしたかったので、そのような指示を数字で表しています。また緯糸(よこいと)もシャトルを6つ使うため少しイレギュラーな動きになっていて、それも数字で表しています」

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織物は、経糸と緯糸が直角に組み合って出来上がります。 指示書に貼られているのは経糸の糸サンプル。えっ、経糸?! もしかして、毎回経糸から変えているんですか?

「尾州では基本的に毎回経糸を取り替えます。そんな産地は日本全国でもここだけですね。古くから高価な生地を作ってきて、職人が手間をかけることに美意識を持ってきたというのもありますし、経糸を変えられることで企画の自由度も高まります。まぁ、大変なんですけど(笑)」

150cm巾の生地で数千本の経糸を使う尾州毛織。「terihaeru」では多くても2000本程度とは言いますが、それでも経糸を綜絖(そうこう)に通し、筬(おさ)にセットしていく整経(せいけい)作業にはかなりの時間がかかります。

「この生地はデザインを渡してから5日間で仕上げてもらったんですけど、最初の3日間は経糸の整経や下準備・機械の調整をして、4日目になってはじめて織り始めました。『terihaeru』で使っているのはションヘル織機なので、現在主流のリペアやウォーターのような革新織機に比べたら織るスピードがゆっくりなんです。あっ、ションヘルっていうのは、昭和初期に流通したシャトル式織機のことなんですけど……」

ションヘル? シャトル?

「見てもらった方が早いですね」と、「terihaeru」で使っているションヘル織機が置かれている工房へと案内していただきました。

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天井が高くて明るい工場は、職人さんが朝10時の光で糸の色味を確認できるように北向きで採光。工場のどの部屋も明るくなるように、のこぎり屋根の造りになっています。「terihaeru」が使っているションヘル織機は3台あり、手前の織機には今朝出来上がったばかりの織物の経糸が残っていました。

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「ションヘル織機はドイツ・ションヘル社の織機をモデルに日本で開発され、昭和初期に普及しました。手織りと同じように、緯糸を収納したシャトルがモーターの力で左右に動く仕組みです。現在主流のシャトルを使わずに高速で動く革新織機に比べると、織るのにとても時間がかかります。ションヘル織機は大量生産には不向きなためどんどん廃れていき、現役で動いているのはごく僅かです。ションヘル織機を扱える方も高齢化と後継者不足が進んでおり、私が知っている機屋さんは5軒いるんですが、みなさん70-80代の方ばかりです」

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「terihaeru」の生地の愛らしさからは想像もできなかった男前なションヘル織機。多くの部品が複雑に組み合わさっており、あちこちが工業用オイルで黒光りして工場内に舞う細かい糸くずが付着しています。

「terihaeru」で使っている3台は機屋を廃業した方から譲り受けたもの。職人さんが現役を引退し、扱い手がいなくなったションヘル織機は解体されてしまうのが現状です。すでに生産が終了している上、修理出来る鉄工所もほとんどなく、機械のメンテナンスには同じくションヘル織機を扱っている、数少ない他の機屋さんの工場長に来てもらっているそうです。

「織る前に、まず、織機に経糸をセットします」

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この機械を使って、小島さんが指示書に書いた通りに経糸を組み合わせていきます。

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数千本もの経糸を綜絖(そうこう)と筬(おさ)に通していきます。途方もない細かな作業です。

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経糸の張りは、織機裏側の足元にある棒やレバーで調整しています。ションヘル織機は部品が細かく、ギアも多く、どこがどうつながっているのかわからない複雑な造りです。

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これがシャトル。中には緯糸を巻いたボビンがセットされています。このシャトルが左右に往復することで、経糸に緯糸が投げ入られていきます。

「糸の上下についているふわふわはゴミじゃないですよ(笑)。ここに詰めものをすることで緯糸のテンションを均一にしているんです。ウールでは摩擦があるのであまり気にしませんが、ナイロン糸のような化学繊維のすべりやすい糸の時には多く詰め物を入れます。ビニールテープで織った時も結構すべりましたね」

ビニールテープって、ホームセンターで売っている……?

「面白いかなって思って(笑)。出機のおじいちゃんにお願いしたら苦笑いされましたけど、調整したらちゃんと織れましたよ」

小島さんが実際にションヘル織機を動かしてくれました。

「このレバーを動かしてシャトルを左右に交互に飛ばして織っていきます。シャトルが真ん中にいる時にレバーを動かさないと、シャトルが途中で挟まってしまいます。この独特の音を耳で覚えていくんですが、その感覚を身につけるには相当な時間がかかります。さきほどお見せした生地は長さ25メートルで、職人さんは5日で織ってくれたけど、もし自分で織っていたら2週間くらいかかったと思います(笑)」

「terihaeru」のデザインは、このションヘル織機でしか表現できないと小島さんは語ります。

「でもションヘル織機を扱える方はどんどん減ってきていて、このままでは織機も人もいなくなってしまう。こんなにかわいい生地を作ることができる織機なのに、後継ぎがいないために消えてしまうなんて、おかしな話だと思いません?」

小島さんは、大学2年からテキスタイルを学び、3年時の課外活動をきっかけに尾州の匠に弟子入りしました。そしてすぐにテキスタイルブランド「terihaeru」を立ち上げます。大学卒業後に織物会社に就職してインハウスデザイナーとして修行を積んで……という一般的な道を歩まず、師匠の理解と応援を受けて、自分の足でこの産地に根ざしていく覚悟を決めたと言います。

「産地に入って見えてきたことがいろいろあります。尾州ウールに対するファッション業界からのニーズは高いのに、廃業、後継者不足、そして若手が育たないなど、なぜこんなにも産地には問題が多いのか。その根っこには下請け体質というか、職人側が自分たちの技に見合う価格を設定できないという織物業界の慣習があるんです。 産地は、アパレルからのオーダーを忠実に再現することはできるけど、自分たちの良さを外に発信する力を持てなくなってしまっている。だから産地が伝える術を手に入れることができたら、この状況を変えられるのではないかと思うんです」

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「それで『terihaeru』は、一目見た人が『どう織っているのかよくわかんないけど、とにかくかわいい!』と近づいてきて触ってくれるように、軽くハッピーなデザインに落とし込んでいます。『とにかくかわいい』、このキャッチーさこそが、生地にできることじゃないのかなと思うんです。入口は伝わりやすく、受け入れられやすいように。でもバックグラウンドにはションヘルという古い織機が不可欠で、同業者が一目置く確かな技がある。そのギャップは常に意識してデザインしています」

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2016年発表の「いちごのショートケーキ」はその最たるもの。

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上から時計まわりに、「赤の女王」、「彗星」、「雨つぶ」。

「尾州産地に入り『terihaeru』を立ち上げて3年。ここ1、2年が勝負時かなという気がします。頼りにしているおじいちゃんたちが引退する前に、『terihaeru』にも専属の織り手を迎えて、次世代を担う態勢を整えなきゃと思います。担うと言えば、まさに『NINOW』という日本の織物産地の若手テキスタイルデザイナーによる合同展示会を主宰しているんですけど……私はついそうやって、自分のテキスタイルデザイン以外のことにも没頭しがちなので」

「terihaeru」以外にも、「NINOW」や若手の織り手育成プロジェクト「ションヘル織機研究部」など、「伝える」「育てる」面での産地活性にも精を出す小島さんですが、「自分はあくまでデザインが本分」と語ります。

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「『terihaeru』の生地が評価されるとやっぱりうれしいですし、生地のことを考えているときが一番楽しいです。『terihaeru』を育てていくことが、ションヘル織機の存続や産地活性につながっていくと思うので、自分がテキスタイルデザイナーというプレイヤーであることは今後も大事にしていきたいです。私がこの産地でやろうと思ってきたことを実行するのは、まさに今だと感じているんです」

ションヘル織機は昭和の遺物ではない。いまこそ照り映えるもの。「terihaeru」が放つ光にはそんなメッセージが込められていました。

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取材・文/浅利芙美 写真/桑島薫

[terihaeru]
愛知県一宮市西萩原字上沼40
TEL:0586-59-2960
www.terihaeru.com

[ションヘル織機研究部]
www.syonken.com
info.syonken@gmail.com

[NINOW]
www.ninow-textile.com
info@ninow-textile.com

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