古谷製陶所 素朴な白が生まれるところ


うかがったとき、古谷浩一さんは電動ろくろを回していました。土と向き合う背中に声をかけていいものかと一瞬どきっとしましたが、人懐っこい笑顔で「今日はこれで終わりですが、せっかくなのでもう少しつくりましょうか?」と応えてくださいました。

浩一さんは古谷製陶所の三代目です。信楽で粉引きのうつわをつくり始めたフロントランナー的な作家・古谷信男さんの長男で、その粉引き技法と「日常づかいができて、人々の暮らしにそっと寄り添っていけるようなうつわを」という想いを引き継いで、20代前半の頃から製陶所を切り盛りしています。
遊び心と、迷いのない手つき
古谷製陶所の人気シリーズ「りんご鉢」。片口とはまた違う、柔らかで愛らしい形が特徴のうつわですが、これは5年ほど前にふとした思いつきから生まれたのだそうです。

「縁をカーブさせて葉っぱや花びらのような形にすることは前からあったんですが、軽い気持ちで一カ所つまんでみたらりんごになって。できあがったうつわを実際に食卓で使ってみると、小さな鉢には野菜のおひたしを盛ったり大きな鉢には麺類を入れたり、結構使いやすかったんです」
りんご鉢をつくるところを見せていただきました。
きれいに整えられた縁を指でつまむ瞬間、つい「わっ」と声を上げてしまいました。 そして1つできあがるまでが思っていた以上に速くて驚きました。
「このタイプのうつわなら1時間に40個くらいつくれます。信楽は伝統的にものづくりの手間に比べて価格を抑えている産地で、ムダな動きを極力なくして短時間でたくさんつくってコストを下げるということをしています。1時間に数個しかできないようなものはつくらないという考え方ですね。父と並んでろくろを回す中で、作陶のスピードと正確さを徹底的に叩き込まれました」

親子で一貫している想い
僕は22歳でこの製陶所に入りました。本当は、専門学校卒業後に岐阜県・多治見の作家さんに弟子入りすることが決まっていたんですけど、そのタイミングで父が脳梗塞で倒れてしまったので家に戻ることになったんです」
病気から復帰した父親と並んで作陶できたのは1~2年程度だと言います。その間に浩一さんは集中してうつわづくりを学び、熟練の職人さんたちに揉まれていきました。

「この小手は父が使っていたのを貰ったんですが、僕が使うようになってからずいぶん丸くなってきました」
浩一さんが製陶所を継いで17年。同じ「粉引きの白」でも、信男さんがつくっていた和な作風から随分とスタイルが変わりました。
「うつわの世界にはあまり流行がないように思うかもしれないですが、当然その時代のライフスタイルに合うようにデザインは変わっていきます。父のうつわと僕のうつわはカタチこそ違いますが、家庭で毎日使ってもらえるような素朴であたたかみのあるものをつくるというコンセプトは一貫しています。現役を引退した父は僕のうつわを見て『好きにやるといい』と言ってくれています」
集中して1時間で100個を削る
さて、うつわづくり工程の紹介に戻りましょう。 ろくろで成形した後に「爪跡はつくけど指で押しても凹まない」くらいに乾かしたら、次は底を支える高台(こうだい)を削り出す「削り」の作業に移ります。


シッタにうつわを逆さまに載せて、回転させながら底面を安定させる「芯出し」をします。これも浩一さんの手にかかると数秒です。
まず高台を削ります。その後、側面にも軽くカンナをあてて表面のざらつきを落ち着かせて左右のラインをつなげていきます。
「総削りの京焼きなどに比べて、信楽焼はわざと粗さを残して味を出すため、側面の削りが少ないのも特徴です」
形を整えるこの削り作業も、1時間に100個のスピードで進んでいきます。

その後さらに乾かしてから、粉引きの泥や釉薬をかけて化粧を施します。ここからは工房の職人さんがそれぞれの持ち場で腕をふるいます。
粉引きの化粧は、泥が入った桶にどぶんと漬け込む方法と、刷毛で塗る方法があります。この日は刷毛を使っていました。土の色との塗り分けをしたい場合や線模様を出したい場合に刷毛を使うそうです。

どろっとした化粧土を竹箒で二度塗りしていきます。

このあとさらに乾かし、最後に薄い化粧を施してから、ようやく窯に入ります。
たたらという技法
工房では「たたら」という技法でもうつわをつくっています。浩一さんの姉・香織さんが、たたらについて教えてくださいました。

「このりんご皿は浅くてカーブが緩やかなので、型にあてること自体はそんなに難しくないんですが、りんごの形に切り抜くまでに実は結構手間がかかっています」
たたらは、土を板状に伸ばした「たたら板」を型にあてて成形していくのですが、簡単そうに見えて難しい作業です。厚みがある土板を扱うこと、型に合わせて均等に力をかけていかねばならないこと、カーブに沿ってヨレないように土板を寄せていくことなど、繊細さと力技の両方が必要です。
小鉢のように深さがあるものは、両手のすべての指を使って均等に力をかけていきます。小手先だけで成形しようとすると仕上がりが安っぽくなってしまうそうです。

普段づかいがしやすくて人気が高い八角プレートも、たたらでつくっています。



八角プレートのように、大きくて縁の立ち上がりが低めのうつわは「締めるのが大変」だと言います。締めが甘いと焼成中にへたって平たくなってしまいます。中指の腹でしっかりと型に沿わせて角のエッジを立たせます。「指も腕も疲れる力仕事ですが、週末に休んで月曜日には復活しますよ」と職人さんは笑っていました。
たたら成形したうつわも十分に乾かし、化粧泥や釉薬をかけてから窯に入ります。
低温二度焼きという手間
古谷製陶所では、素焼きのあとの本焼きを2回行います。低温でじっくりと時間をかけて焼きを重ねることにより、粉引きでも水分が染みにくく強度を出すことができるようになります。高温で一気に焼くよりも、表面の質感がマットに落ち着くそうです。



広い焼成室にはガス窯が6台。火曜日と金曜日に窯入れをしています。


「うちのうつわは白のイメージが強いかもしれませんが、少しずつ色物もつくるようになってきました。生成や錆釉など、粉引きのうつわと組み合わせてもなじむようなものにしています。これは昨年から始めた瑠璃釉のシリーズです」

窯焼きをしない日の工場はかなり冷え込みます。そして夏場の窯焼きは灼熱。現在、古谷製陶所には約15名の職人さんが働いています。先代から工房を支えてきた職人さんが定年を迎え、地道にキャリアを積んできた若い世代へとバトンが受け渡されている、世代交代の時期だそうです。
作業中にも関わらず手を止めて挨拶してくれる職人さんばかりだったのが印象的でした。工房見学をしていくお客さんが多いので見られることに慣れているのかもしれません。職人のみなさんの笑顔と、窓が多くて冬でも柔らかな陽が差し込む工房はとても穏やかな空気が満ちていました。
あたたかみがあるうつわをつくり続けたい
ひと通り見せていただいたあと、ショールームで浩一さんからお話をうかがいました。


ろくろやたたらの工程を見たあとだから余計に、うつわの細部に丁寧な手しごとの気配を感じます。
「僕たちがつくっているのは、手に取ったときにほっとできるようなうつわです。直線やカーブがあまりにもきれいすぎると、日常の中では違和感が出てしまうと思うんです。だから、いつも柔らかくあることを意識するようにしています。たたらの型でも、買ってきてそのまま使うとラインがピシッと決まりすぎていて焼き上がりが硬くなってしまうので、自分たちで削ったり型をつくったりしています。下手くそが頑張って一生懸命つくったものの方が、良いラインが出せたりするものですよ(笑)」

「あくまで日常の中で映えるうつわたちを、手に入れやすい価格で提供したい。でも効率を追求して機械製品みたいな陶器になってしまうと、僕らの手を使う意味がなくなるので。どこか抜け感を出せるように心がけています」
あたたかみのあるうつわが生まれるところには、あたたかな陽が差していました。そんな舞台裏に深く納得した工房探訪でした。
取材・文/浅利芙美 写真/桑島薫
Creator/Brand

粉引の器
古谷製陶所(ふるたにせいとうしょ)
滋賀県の信楽に窯を持つ製陶所です。どんなお料理も引き立てる『粉引きの白い和食器』作りにこだわりがあり、白の中に見える豊かな表情は器に温かみを与えています。