長谷川義太郎さん 第4回 これからは、人間雑貨と出会っていきたい | SOUQ ZINE スークジン

長谷川義太郎さん 第4回 これからは、人間雑貨と出会っていきたい

長谷川義太郎さん 第4回 これからは、人間雑貨と出会っていきたい
「文化屋雑貨店」を約40年間続けて、2015年にクローズした長谷川義太郎さん。お店をやめてから、今はどのような活動をされているのか? 最終回は、タロウさんが今興味を持っている“人間雑貨”について話を聞きました。
SOUQ
お店をやめられてから、心境的にはいかがですか? ちょっと寂しいとか?
長谷川
それはないですね。逆に忙しいんですよ。お店ってね、なんとなく10時に入って、それでOKなんですよね。だから意外にラク。今はいろんなところに行くから、その準備や心構えをしないといけないので、忙しくて。
SOUQ
そうなんですね。
長谷川
昔はゴルフを、結構夢中になってやってて。店辞めたら、いくらでもできるだろうと思っていたら、1回もできない(笑)。
SOUQ
どのようなことで忙しいんでしょうね。
長谷川
今もし仕事するんだったら、今までになかったこと、やれなかったことというのが、どこかに引っかかってないと、参加したくないですよね。「そんなんだったら仕事なんかないよ」と言われても、ああいいですよって開き直りゃあいいんだから。文化屋やっている間はどっかでしがらみがあるわけですから。やめたからには、そういうことができればいいなと思ってね。
長谷川義太郎「文化屋雑貨点」など復活企画も開催されたギャラリー「TETOKA」の前で。
SOUQ
今までやってなかったことというのは、どんなことですか?
長谷川
あんまり声高には言わないんですけど、人間雑貨に向かっているんですよ。
SOUQ
人間雑貨?
長谷川
こないだお会いしたのは、93歳の金井精一さんという方なんですが、土門拳(※1)さんの一番弟子なんですよ。
SOUQ
そうなんですね。
長谷川
昔、アルスという出版社から写真雑誌が出てたんですけど、当時アマチュアカメラマン全盛時代で。この雑誌に、土門さんが作品を評価するページがあって、そこで金井さんがいつも選ばれてたんですよ。
SOUQ
昔は写真雑誌が多かったですからね。
長谷川
そこで金井さんは土門さんに気に入られて、運転手とか下働きをしていたんですよ。でも金井さん、実は、日本橋横山町で330年続いている問屋の「丹波屋」の14代目。将来をすごく嘱望されてて、すごい若手が出てきたと言われていたけど、問屋の仕事をしなければならなくなって、写真をやめちゃったんですよ。
SOUQ
そこまでの老舗だとしょうがないかもしれませんね。
長谷川
その方と会いに、写真家の五味彬(※2)さんを連れてったんですよ。そしたら、やっぱりすごい話が合うんですよ。
SOUQ
それは盛り上がりそうですね。
長谷川義太郎
長谷川
その前は、フランク・ロイド・ライトの弟子で、アントニオ・レーモンドという建築家がいて。
SOUQ
これまた、巨匠の弟子ですね。
長谷川
その人の建築は、実は日本中にあるんですよ。ライトがアメリカへ引き上げるときにレーモンドを呼んで、代わりにやらせてる。結構いい建物がたくさんあるんですよ。
SOUQ
ライトが日本から帰国した頃というと、1920年代ですね。
長谷川
レーモンドが日本に来たときに秘書を雇うことになって、英語なんてできなくてもいいから、良家の子女をお願いしたいということになって、五代美子さんという方が採用されて。
SOUQ
その方に会いにいった?
長谷川
そう。90歳のおばあちゃんなんですけど、谷中にいるんですよ。かつて五代宅の前の家には、岡本一平とかの子(※3)がいて。かの子が家にきちゃ、「あの太郎のバカ息子が! 何言ってもきかないんだから」なんて愚痴ばっかり言ってたって。そういう話をおもしろおかしく聞けるんですよ。
SOUQ
太郎さん、やっぱり!(笑)
長谷川義太郎
長谷川
それやってたら、雑貨なんてどうでもよくなってきて(笑)。だって、すっげえおもしろいでしょ、それ。そんな臨場感のあることなんて、歴史にないんですよ。歴史にないけど、すごく重要なことのような気がするんです。
SOUQ
とてもおもしろいです。
長谷川
もう一人は、光橋さんというおじいさんがいて、1年半前に93歳で亡くなったんですけど、文化屋の商品をずっと買ってくれてたいい人なんですよ。いい人だから会社潰しちゃうんですけど(笑)。そしたら、この人の奥さんのお父さんが遠藤三郎さんという日本の軍事の中のど真ん中にいた人なんですよ。つまり東郷元帥なんかと戦っていた人なんです。なんで戦っていたかというと、この遠藤さんという人だけが、日本の軍事の中で軍拡を阻止しようとしてた人なの。
SOUQ
へえ、軍人でありながら?
長谷川
そんな人は絶対日本にはいないと思うじゃないですか。でも本当にやってた驚くべき人なんですよ。だから、巣鴨プリズンに最初は入れられるんですけど、何十年も日誌を書いてたんですよ。で、軍拡はダメだとか書いてたらしいんですが、娘さんがそれを法廷に持っていったら、無罪放免になったんですよ。それぐらい軍拡を阻止してた唯一の軍人ということで有名なんですよ。
長谷川義太郎
SOUQ
そんな方がいたなんて、全然知らなかったです。
長谷川
そういうおもしろい歴史の中に入って行った人は、みんな雑貨ですよね。言ってることも雑貨になってますね。
SOUQ
そういう方々に会いに行って話を聞くだけで今は忙しいんですね。この愛すべき人間雑貨たち、なにか世に出そうとしているんですか?
長谷川
でもなんの記録も撮ってないんですよ。本当はテープを回すのが一番いいだろうと思うんだけどね。みんなにも言われたんだけど。でもなんかね、自分の中ではレコーダーがあるときとないときで、言うことがちょっと変わってくるというのがわかるんですよ。
SOUQ
あっ、それなんとなくわかるような気がします。
長谷川
だから絶対にレコーダーは出さない。自分のプライベートコミュニケーションになるのかもしれないけど、それはそれで残ると思うし、そっちの方がおもしろいんじゃないかなと思う。それの方が事実に近いんじゃないかなと思うんですよね。
SOUQ
なるほど。記録には残さないわけですね。
長谷川義太郎
長谷川
そうですね。こうやってボクがしゃべることによって、どんどん散ってるわけですよ。話を聞いたら絶対だれかに言うでしょ(笑)。ところが本に書いてあることは、不思議にそんなに強烈には周りに言わないんですよ。書いてあるもんだったら、ああみんなも見るだろうと思うじゃないですか。ところがしゃべっていることとは、伝えないといけないという気になっちゃう。だから、それを続けていこうと思っています。
SOUQ
ついに、人間雑貨というジャンルに入ってしまいましたね。
長谷川
人間もそうだけど、もうみんな雑貨に見えてきちゃったの。文学の世界も電気の世界も医学の世界も。アトモスフェアも含めてみんな雑貨になっちゃう。そんなこと言ってたら、だれも信用してくれなくなるかもしれないけど。でもいいんですよ。こうなったらこっちの勝ち。
SOUQ
なんでもわかろうとするのが、おかしいのかもしれませんね。
長谷川
そうかもしれない。みんなで大きな流れみたいなものをつくろうとしてるんだろうね。いちばんラクですもんね、そうやってやっとけば。でも今は、なにやるにしても、いちばんいいときじゃないかと思うんだけどねえ。

取材・文/蔵均 写真/東泰秀

TETOKA
東京都千代田区神田司町2-16
TEL:03-5577-5309

(※1)写真家。1909年生まれ。昭和時代に活躍した、リアリズム写真を提唱した著名な写真家。
(※2)写真家。1953年東京生まれ。フランスのローレス・サックマン、ミッシェル・ベルトンに師事。帰国後『流行通信』『ELLE JAPAN』などの女性ファッション誌を中心に活躍
(※3)「太陽の塔」などで有名な芸術家の岡本太郎の両親。岡本一平は漫画家。岡本かの子は、大正・昭和期の小説家、歌人。

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