『inoui』後編 会話が生まれるチャーム

モノ作りをする上で大切にしていること
引き出しを開けると革のビスケットを抜くための金型がたくさん入っている原田さんの作業机。 「大きさ違いも含めるとだいたい金型は50個近くあると思います。抜いたビスケットの数が少なくなってくると『あ、もっと作らなきゃ』と焦ります(笑)」 かわいいもの好きにはたまらないワクワクする風景ですが、愛らしいビスケット型の裏には、妥協を許さないこだわりがつまっています。

まずは制作の要というべき素材選びから。 必ずお店に直接足を運んで革のビスケットに使用する革を選ぶという原田さん。 「革問屋さんに何番の革を送ってほしいとお願いすればお店に行かずとも確認はできます。ただ、革は人の肌と同じで一枚一枚ツヤやキメが全然違うもの。だからこそ実際に見て確かめないと細かいところまでわかりません。どの角度から革を見るかも大事で、いい革を選ぶには目利きが必要。『これにします』『正解!』なんて、やりとりを問屋さんと何回もしていくうちに、最初に比べると見抜く力はついてきたのかなと思います」 そんな風にモノ作りを行う中で、原田さんが大切にしていることがあります。 「人との繋がりですね。材料はもちろん、金型職人さんや箔押し職人さんがいなければブランドは続けられません。それらはすべて人との繋がりで成り立っていることですから」

考えて、手を動かしての積み重ねの後にできるアイテム
使用する革が決まれば、いざ制作開始。事前にデザイン画を描くことはあまりせず、ひらめいたアイデアをもとに、実際に手を動かして作ってみるのが原田さんの制作スタイル。 「たとえば金具屋さんでいろんな金具を見ていて『あ、この金具だったらこういうものが作れそうだな』とひらめくこともあります。頭の中で考えていたものが実際に作ってみると実現が難しかったり、作れたとしても複雑すぎて数がたくさん作れなかったり。どうしても作りたくて作ってしまうものもありますが、基本的には、量産化できそうなものをあれこれ探りながら作っていくことが多いです」
作っていくうちに「こっちの方がいいな」「これはやめよう」など、あれこれ試しながら完成へと近づけていきます。そんなときに頼りになるのが製本家として、同じモノ作りの世界にいるお姉さんの存在。 「完成するとアイテムの写真を姉に送って『どう思う?』と感想を聞きます。イラっとする意見もありますが(笑)、なるほどと思うことも多いので参考にさせてもらっています」 姉妹だからこそ、そして同じモノ作りを行う身だからこその忌憚ない声。原田さんの制作において欠かせないものです。


革ならではの大変さと面白さ
今でこそすべての工程が体に染みついて、大変と感じることは少ないそうですが、最初の頃は何をするにもわからないことだらけだったそう。 「革を使ったアイテム作りは、1日ですべてできるわけではないんです。たとえば革同士を貼り合わせたら寝かす、染めたら乾かす時間が必要。最初はそのことがわからず、『何でうまくいかないんだろう』と思うことが多かったです」 革を染めるのも、何を使って染めるかもわからない状態から、独学でいろいろ試していくうちに、思っていた色が出るにはどうすればよいかわかるまでに。 硬いのが特徴の一つであるヌメ革。ビスケットの形にくり抜くのもそう簡単にはいきません。そこで重要になってくるのが、ビスケットの形を象る金型。 「最初はビスケットの山型の部分を抜くのにカッターを使っていたんです。ただ、それだとたくさん作れないし、正確に同じ商品はできない。そこで金型を使うことにしたのですが、厚みがあるので最初の方はしっかり型が抜けない、なんてことも。どうしたらキレイに抜ける型を作れるか、納得のいく金型を作ってくれる職人さんを探すのに1年くらいかかりました」 型を導入するようになると、以前なら想像できないくらいたくさん作れるように。 そうした日々のたゆまない努力の積み重ねの上に今のビスケット型チャームがあるのです。

贈る側も贈られる側も笑顔になるビスケット型チャーム
今回SOUQでお取り扱いするビスケット型チャームは全部で4種類。 一つ目は阪急百貨店のカラーであるすみれ色のロゼット。ブローチとしてもチャームとしても使える2WAY仕様になっています。バッグにつけるとグッと華やかな雰囲気に。

「カラーのビスケットは、人気アイテムの一つ。最近だと、自分が好きなアイドルやアニメやゲームの推しメンのカラーを購入するお客さんも多いです。注文がくると、私もその作品やグループについて調べて勉強したり(笑)。お客さんからもいろいろ教えていただいて世界が広がりました」

一部にチョコがかかったチャームとゼリービスケットをイメージしたチャームは、お客さんのリクエストもあって生まれたもの。かじったようなデザインは、カラーのビスケット同様、シリーズの中で人気の高いものだそう。

ゼリービスケットのチャームはキラキラしたスワロフスキーもポイント。スマートフォンにつけて、中央の穴に指を入れればスマホリングとしても使えます。

そして、毎年1月後半から3月のバレンタイン、ホワイトデーまでに期間限定で発売されるミントカラーのチャーム。今回はスワロフスキーがちりばめられ、エレガントさもプラスされています。理想のミントカラーの革を求め、実際にチョコミントの食べ物を持って10軒の革問屋に行き、同じ色がないか聞いてまわったのだとか。

「毎日使って触っていただくことでヌメ革の経年変化を楽しんでほしい」と原田さん。使い方や環境によって、同じ時期に購入したものでも色の変化がまったく異なるといいます。ちなみに、差はあるものの、2年半ぐらい使うと本物のビスケットのようにこんがり焼けた感じが楽しめるそう。手元に置くことで、世界で一つだけのオリジナルアイテムになるのは、自分にはもちろん、ギフトとしても喜ばれること請け合いです。
コミュニケーションツールとしても
子どもから大人まで幅広い年代にファンをかかえるビスケット型チャーム。お客さんからチャームを着けていると会話が生まれると言われることも多いそう。 「チャームを見た小さいお子さんが指を指して見つめてきたり、『どこに売ってるの?』と聞かれたり。偶然街中で同じアイテムを持っている人を見つけて思わず話しかけた、なんてこともあるみたいで。そんな風にチャームがコミュニケーションのきっかけになればいいなと思います」 人との繋がりを大切にモノ作りを行う原田さんのアイテムが、新たなコミュニケーションツールとして、人と人を繋いでいく。そんな新たな出会いを予感させるチャーム。かわいい見た目に笑顔になると同時に、身に着けて外に出かけるのが楽しみになりそうです。

取材・文/林知子 写真/林恵理子
Story
このクリエイターの関連ストーリー
Creator/Brand

革のビスケット屋
inoui(イヌイ)
今年20周年を迎えるinoui(イヌイ)は、革のビスケットを毎日使える気軽なアイテムに仕立てています。 使い込む程に ”こんがり” 色付くビスケットをお楽しみ下さい。