華雪 第2回 日本の漢字がつくるもの | SOUQ ZINE スークジン

華雪 第2回 日本の漢字がつくるもの

華雪 第2回 日本の漢字がつくるもの
各界のトップクリエイターに話を聞く「スークインタビュー」。今回は、個展にワークショップにと幅広く活躍をしている書家・華雪さんが登場。第2回は、一字書を作品とする華雪さんにとって、とても重要なものである漢字についてうかがいました。
SOUQ
華雪さんは、小さいころから書に親しんでいたと聞きました。どのように教わってきたのでしょうか?
華雪
そうですね。書は小さいころから一人の先生にずっと教わってたんですけど、母と同世代の女性だったんですね。中学のころからマンツーマンで教えていただき、近しい関係だったんですけど、ずっとあとになってから、その先生が大学で幼児教育学を学んでらっしゃったことを聞いたんです。思い返せば、小さい頃から教え方が非常にユニークだったんですよね。
SOUQ
それはどのような点で?
華雪
私にとってありがたかったことは、私自身の個性をなるべく潰さないようにということを大事にしてくださっていたなと。いわゆる学校のお習字の時間では、手本があってその通りに書くということが多かったように思います。
SOUQ
たしかに、昔、学校の習字の授業では、そうでした。
華雪
華雪
先生は、「書というのは言葉を書いてるんだから、どうしてその言葉を書きたいって思っているのか、それを大事にしなさい」ということをすごくおっしゃってたんですよ。書くにあたって、なんで書きたいのか、どうしてそういうふうに書きたいのかっていうところを繰り返し問われていて。考えるために、時には一緒に漢字学者の白川静さんの漢字字典を調べながら言葉のなりたちについて話し合ったり。そのことがいろんなことを考えたり、見わたすことにつながっていったような気がします。
SOUQ
もっと自由に書いていいということですかね?
華雪
はい。ただ私の場合、漢字を一文字書くということをやっているので、保守的かもしれませんが、歴史を踏まえて考えたいという気持ちもすごく強くあるなと。古くを振り返ってそこを踏まえたうえでいまの自分がある。そのうえでなにができるかというふうに考えて書きたい。

歴史を踏まえて書きたい

SOUQ
歴史というのは、書道の歴史ですか?
華雪
文字の歴史ですね。漢字がどういうふうに発生してきたか、誰がつくったかというのは実際はわからないとされてるんです。ただ人がつくったものであることには間違いなくて。文字ができた時代ってもうすでにある程度の社会が成り立っていた時代で、人と文字の関係、社会と文字の関係というものを踏まえて意味が成り立っている。それも全部ひっくるめて漢字の形や意味がかたちづくられているんだと思うんです。
華雪
SOUQ
社会も文字の成り立ちに関わっていると?
華雪
はい。じゃあいまその形をどう書くか、いま生きてる私たちはどう解釈しているか? たとえば「華」という文字のイメージは? と聞くとたぶん頭に浮かぶイメージって人によってバラバラだと思うんです。そのバラバラさが意味をつくってきている気がします。
SOUQ
人によって違うからこそ、意味が深まるということですかね?
華雪
いまの時代、スマホやパソコンで検索してしまうと、答えはまるでひとつかのようにすぐ出てくる。そのことで安心してしまうっていう循環が日常にどんどん浸透してきているような気がするんですよね。
SOUQ
たしかに、便利といえば便利なんですが、どこか安直というか…。
華雪
でもひとつのことの意味っていろんな側面があるじゃないですか。そういうことを知ったり、実際に書いたりすることを通じて、文字っていうものをいま人がどうとらえているか? 特に日本で使われている漢字のあり方を考えたい。
SOUQ
中国の漢字ではなく?
華雪
はい。中国語って、たとえば「華」という漢字だと「ファ」としか読まない。日本語だと「はな」とも読むし「か」とも読むし。読み方がいくつかあるじゃないですか。そしてその読み方によってイメージするものが変わると思うんです。
華雪作品「華・花」
SOUQ
本当にさまざまな読み方がありますね。
華雪
現代美術の作家の鴻池朋子さんがご自身のエッセーの中でおっしゃってたんですが、日本人って、ともすると漢字を景色みたいにイメージしてるんじゃないか。たとえば「山」って漢字が出てきたときに山の景色を頭に思い浮かべる。そういう感覚ってもしかしたらいろいろな読みを持っている日本の漢字だからこそじゃないかって。
SOUQ
たしかに、「山」を「さん」って読むと、あまり山の景色は出てこないかもしれません。
華雪
そうなんですよ。「さん」と読むと、富士山とか具体的な山のイメージが出てきそうで。鴻池さんの言葉はすごく腑に落ちましたね。5人いたら、当たり前にそれぞれが違うことを思ってしまうというのも、もしかしたら日本語文化圏だからこそ起こっているかもしれなくて、それが日本の文化をつくっている一端かもしれないなあと思っていて。
華雪

問われて考える感覚

SOUQ
なるほど。それはおもしろい視点ですね。華雪さんは、個展も数多くされてますが、作品でどういう字を書くかはどうやって決めていますか?
華雪
私の場合は、なにか出来事と出会うということがきっかけになる場合が多くて。土地だったり人だったり、全部含めての出来事なんですけど。いきなり字がポッと浮かんでそれを書こうということはないんですよ。これは、元をたどっていくと、やっぱり小さい頃から通っていた書の先生の教育方針にたどり着くんですけどね。
SOUQ
すばらしい先生の影響ですね。
華雪
週に1回の教室で、「今週なにかおもしろかったことある?」と聞かれるんですね。そうすると小学生なんで、「チョコレート食べた」とか、たわいもない話をするのですが、「そしたら、それを書こう」と言われるんですよ。“それ”というのがなにかが重要なんですけど、素直に「チョコレート」と書く子もいたり。私は漢字の成り立ちに興味があったので、漢字一文字に収斂させるのが好きでした。いまの制作の方法も、当時の問われて考えるという感覚と全然変わってないですね。成長がないのかもしれないですけど(笑)
華雪
SOUQ
いえいえ。いまも作品は漢字一字書ですけど、それはそのころから変わってないんですね。
華雪
そうです。小学校で漢字ドリルなどで勉強を始める時期から書の教室に通い始めているので、週一度の教室のときに、先生に「今週どんな字習った?」と聞かれて、「こんな字習ったよ」というやりとりがあったんです。そこで教わることがすごくおもしろかったんです。たとえば「月という漢字は元々は三日月の形から成り立っているんだよ」と言われて。「でも満月も『月』の字で書くじゃない?」というような話を先生とするんですよね。すると先生は「これは便宜上三日月で表してるけど、意味としては満月も新月も指してるんだよ」と言ってくれたり。
SOUQ
先生、本当に子どもたちの目線でふれあってくれてますね。
華雪
はい。そんな先生とのやりとりを通じて、絵のようだけど意味の幅が広くて、見立てることができる、解釈の余地があるのが漢字というものなのだと考えるようになって。そして、それを書くというおもしろさに目覚めていきました。

取材・文/蔵均 写真/東泰秀

小さいころから漢字が持つ魅力を知った華雪さん。その後、現在の作品展示のスタイルにつながる編集者との出会いがあります。次回第3回は、個展についての話をうかがっていきます。

華雪さん活動情報
個展『不二』
古書店「古本遊戯 流浪堂」(東京)
4月13日(土)ー5月6日(月・祝)

Recommend Story

おすすめのストーリー

Browsing History

閲覧履歴