気持ちを伝えるマトリョーシカ


「KIMURA&CO.」のアトリエは、今年奈良から京都に移って来たばかり。京都らしい趣のある路地に面した3階建ての建物で、デザイナーの木村幸世さんが、かわいい人形たちをつくっています。

「作品づくりは、はっきりいつからというのはあまり覚えていないんですけど、百万遍・知恩寺の手づくり市に友達といっしょにグループで出店したのがおそらく最初ですね。それから四半世紀近くなります」。

当時は、紙粘土や張り子で小さい招き猫などをつくっていたという木村さん。最近では、素材は陶磁器がメインとなりますが、モチーフは変わらず、日本の古いものや縁起ものを作品にしています。

「実家が古物商だったので、古いおもちゃやガラスを集めていて。その影響もあるのか、今でも古いもの、レトロなものが好きですね」と木村さん。

招き猫、張り子の犬、福助などをモチーフに小さな人形などをつくっていた木村さんが、マトリョーシカを手がけ始めたのが約15年前。和をモチーフにする作家さんが、ロシアを代表する民芸品をつくることになるきっかけはなんだったんでしょう?
マトリョーシカづくりのきっかけ
「もともと箱根細工がマトリョーシカのルーツだという説があるのは知っていて、私が初めて見たマトリョーシカも七福神のものだったんですね。それで興味が出てきたので、絵付けをする素材を探し始めて。東京で見つかったので、これに絵付けしてみたいと思いました。ロシアでは入れ子の柄は基本的にすべて同じですけど、柄を変えながら物語性をもたせたら面白いかなと」。

当初は洋風のものもつくられていたそうですが、だんだんと和風のものに絞られていって、そこにストーリーを盛り込みたいと木村さんは言います。
「蓋を開けた時にお話が広がっていくのはいいなあと思って。最初の頃は昔話や童話をモチーフにつくっていて、ダルマとか縁起のいいものでできたら面白くて開けたときに喜んでもらえるかなとイメージふくらませていって、だんだん今のスタイルになってきました」。

メッセージがもたらしたもの
5年前から、メッセージ付きのマトリョーシカをつくり始めた木村さん。そのきっかけはなんだったんでしょうか?
「5個組のマトリョーシカで何かできないかなと考えていたんですね。そうしたら、あるとき、“あ・り・が・と・う”と“お・め・で・とう”って5文字だと思いついて」。


「“お・お・き・に”とかやりたかったけど、4文字なんで1個どうしても余っちゃう」と笑う木村さんですが、この気持ちを伝えるメッセージで、予想していなかった使い方が生まれました。

「初めは意識してなかったんですけど、“お・め・で・と・う”は結婚や出産のお祝い、“あ・り・が・と・う”は、父の日や敬老の日などに「贈り物にしたい」というお客様が多くなってきたんです」。

贈り物として考えたときに、パッケージが大事だなと考えた木村さん。いろいろ探しているうちに、ちょうどサイズがぴったりということで、茶筒などに入れてマトリョーシカは販売されています。

1日何百個の絵付け
せっかくアトリエにお邪魔したので、作品づくりの現場を見せていただくことにしました。取材当日に木村さんが手がけていたのは、2020年の干支であるネズミのフェーヴ。フェーヴとは、フランスのパイ菓子、ガレット・デ・ロワに入っている小さな陶器の人形のことで、これに当たった人には幸運が訪れると言われています。

「磯谷佳江さんというコレクターさんの本を見て、フェーヴの存在を知りました。磯谷さんは毎年フェーヴの展示会をしているんですが、そこにも参加させていただいてます」。

日本らしいモチーフのものがなかったので、フェーヴづくりを始めたという木村さん。今ではこの時期になると、フランスのコレクターから、「KIMURA & CO.」の干支の限定フェーヴが欲しいという問い合わせが来るそうです。

小さなスペースで、次から次へと素早くフェーヴに絵付けをしていく木村さん。この大きさの作品だと、一日何百個(!)も描くそうです。

「それだけの数を描くとなると、どう描こう?とか迷ってられないですからね。このあと窯で300~400個を一斉に焼くのですが、並べるのがまた大変です(笑)」。

「KIMURA & CO.」の作品のデザインは、すでに100種類を超えているといいます。木村さんは、昔から絵を描かれるのがお好きだったんでしょうか?
「絵本とか本を読むのが好きだったので、童話作家になりたいなと思っていたのですが、起承転結をつけられなくて(笑)。絵を描く方にベクトルを変えたんですけど、ものを描くのは好きなんですが、背景を描くのは苦手で。立体にしたらそれがいらないんで、こういうものづくりにいきつきました」。

立原えりかさんの童話が好きだという木村さん。創作活動の方向性は、小さな頃に夢見たお話づくりから人形づくりへと変わりましたが、作品に込められた物語は、これからもずっと続いていきそうです。

取材・文/蔵均 写真/桑島薫
Creator/Brand

人形作家
KIMURA & Co.(キムラアンドコー)
古今東西の郷土玩具にインスパイアされた「retro-modern toys」をオリジナルで制作。 懐かしい空気を感じながらも、今を感じるモノをコンセプトに、手にした人が笑顔になれるものをお届けします。