小倉ヒラク 第3回 ニッポンの発酵、世界の発酵 | SOUQ ZINE スークジン

小倉ヒラク 第3回 ニッポンの発酵、世界の発酵

小倉ヒラク 第3回 ニッポンの発酵、世界の発酵
発酵デザイナーというユニークな肩書きで、展覧会のプロデュースやワークショップ、書籍の執筆など、マルチに活躍している小倉ヒラクさん。今回は、世界の中での日本の発酵文化について語ってもらいました。
SOUQ
小倉さんは、いろいろな世界の発酵を見てこられているわけですが、国や地域によって発酵文化の特徴ってあるのでしょうか?
小倉
そうですね、発酵食品のバリエーションとか歴史の深さでいうと世界一って中国なんですね。尋常じゃないですよ。中国で感心するのは、まずい発酵食品がいっぱいあるっていうこと(笑)。こんなもの残さなくてよかったんじゃないの?というものがいっぱい残っているんですよ。この価値観の広さがスゴすぎる。
SOUQ
(笑)。領土も大きいし、人も多いからですかね。
小倉
ひるがえって日本の発酵食品を見たときには、だいたいそれなりにおいしい。味覚の美意識が一貫してどんなものにもあるっていうのがすばらしいなって。南から北まで、見た目はえげつなさそうでも味はソフィスティケートされてる。おいしさを求める意識が強い国だったんだなというのはすごく思います。ま、でも日本でも「なんだこれ?」ってのもあるんですけどね。
小倉ヒラク
SOUQ
それはどこからきてるんでしょうね。
小倉
日本の発酵の特徴というのは、麹(こうじ)なんですよね。僕自身の一番の研究って、日本の麹カビの研究なんですけど。もともと麹文化も中国から来ていてですね。中国の麹をつくるカビってタフなんですよ。自分でクエン酸という強い酸を出すので、他の菌を打ち負かす力があるんです。だからどういうふうにつくっているかというと、半野外のところで原料を発酵させて、もこもこにさせたりしているんですね。だから成りゆきで麹になるわけですよ。
SOUQ
放任主義だ。
小倉
日本の麹は他の菌をやっつける酸を出せない弱いヤツなので、隔離して麹室っていう専用ルームにきちんと分離して、手をかけてあげないと麹にならないんですね。
SOUQ
日本酒の蔵を見学しても、麹室ってありますもんね。
小倉
それでどうなったかというと、プロセスが分離したんです。他のアジアの国だと発酵のプロセスのなかで原料の穀物とか豆とかが勝手に麹っぽくなってくるんですよ。それを醤油のようにしたり、調味料のようにしたり。韓国のテンジャンとか中国の豆チ(トウチ)とかがそうですね。
SOUQ
どちらも荒々しい風味のような気がします。
小倉ヒラク小倉ヒラクさんが開催する麹づくりのワークショップ
小倉
日本の場合は、一度原料の穀物を囲い込んできちんと麹にしたうえで、もう一度原料と合わせるというプロセスが独立したんですよ。これが日本の和食文化の中で特異なイノベーションで。
SOUQ
どのような革新が生まれたんでしょう。
小倉
ひと言で言うと、味がフレッシュになって甘酸っぱくなった。中国の麹って、酸っぱくてえぐみがあるんですよ。それはどんなメリットになるかというと、5年とか10年とか長く熟成させる食べ物に向いてるんです。
SOUQ
時間が経つにつれ、味がなじんでくるんですかね?
小倉
日本の場合、酸を出さない代わりに甘みをいっぱい出すので甘酸っぱい栗みたいな香りがして。フレッシュなうちに食べないとダメになっちゃうんで、早く仕込む。数カ月からせいぜい長くて八丁味噌で3年とか。普通の味噌は1年ぐらいなんですけど。これぐらいの熟成で食べると、軽やかでちょっと甘くて、そこそこ旨みがあって。そういう独特の味覚ができていったなあと。
小倉ヒラク
SOUQ
新鮮な発酵というわけですね。
小倉
鶏が先か卵が先かという話で、日本人が繊細な美意識を持っていたから麹文化をつくったのか、それとも麹菌が繊細なやつだったから味覚も繊細になっていったのかどっちだ?っていうふうに思っていて。僕は最近どっちかというと菌に引きずられて人間の美意識もできたんじゃないかと思っています。
SOUQ
アジアから世界に目を向けると、また変わってきますか?
小倉
最近だんだん海外での仕事が増えてて。来月もまたイタリアとオランダ行って国際学会というのに出てくるんですけど、ヨーロッパだと、和食ブームが1周回って、今度は日本の発酵を知りたい欲が高まっていて。僕よくプレゼンテーションとかワークショップやってるんですけど、結構驚かれるんですよ。なにがかっていうと、よくヨーロッパは一神教で日本は多神教と言われるじゃないですか。あれ発酵の世界にもあって。
SOUQ
えっ、どういうことでしょう?
小倉ヒラク
小倉
ベンガル州からバングラデシュあたりがボーダーラインになっている感じなんです。ここから東側はお味噌みたいなひしお文化があるんですね。西側はそれがなくなりヨーグルトとかパンになっていくんですよ。
SOUQ
ほう、そうなんですね。
小倉
このベンガル州とバングラデシュって、どちらの文化もあるみたいなんですね。それはなぜなのかというとカビの存在の有無なのではないかと。東アジアの発酵文化というのは、最初にカビがスターターになっていろんな物質が生産されるんですよ。そうして生産された物質を食べにくる微生物がまたいっぱいくっつくから味がめっちゃ複雑系になってくる。やおよろず的な発酵なんですよ。
SOUQ
なるほど八百万の神的な。
小倉
それが東側になると、ヨーグルトだと基本は乳酸菌だけ、パンだと酵母菌だけとか、一神教的な発酵なんですよ。で、僕が今みたいな話をすると、すごいウケるんですよ。そういうことだったのか。多神教の文化おもしれえ! みたいなのがあるんですよね。これってつまり「見立て」の力なんです。ただ技術や文化の違いを説明するだけじゃピンとこない。違いの前提になっているものをきちんと概念化する必要があって。最近それがなんとなくわかってきたなという手応えがあります。だんだん仕事の軸足を海外に移していって、大きな世界的な文化の中で、日本の微生物や発酵はどういう意味を持っているのかという、文脈をつくっていけたらいいなと思ってます。

取材・文/蔵均 写真/桑島薫

海外での仕事も増え、今後そこへ軸足を移していきたいという小倉さん。次回・最終回は、いまどきの発酵文化はどういう状況にあるのか? 小倉さんが生活する山梨を中心に話を聞いていきます。

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