小倉ヒラク 第4回 カルチャーとしての発酵

「発酵デザイナー」として、全国で世界で活躍の幅を広げている小倉ヒラクさん。最終回は、現在暮らしている山梨の話から、いまどきの発酵文化について話を聞いていきます。
- SOUQ
- 小倉さんはいま山梨に住んでらっしゃるんですよね?
- 小倉
- はい。
- SOUQ
- 山梨に住むようになったきっかけはあったのですか?
- 小倉
- 僕の仕事を知ってもらう最初のきっかけとなったのが「手前みそのうた」という、歌って踊って味噌を仕込めるという歌。それをいっしょにつくったお味噌屋さんが山梨にあって。そこと仲良くなって5、6年ぐらい山梨に通って。いろいろ遊んだり仕事をしたりしてたんですけど、山梨の景色も好きになって。
- SOUQ
- 自然があるところがよかったんですかね?
- 小倉
- 東京にいるときに発酵食品をつくってたんですけど、いまいち納得できなかったんですよね。仕込み水をわざわざ買ってこなければいけないのもめんどくさいし。どっか田舎に引っ越したいと思ったときに、たまたま山梨の山の中に、地下水が湧いてて風通しが良くて、1年と1日の寒暖差がすごく大きい家を見つけて。ここだったら微生物を育てるのに最高だと思って引っ越したんですが、唯一の問題はその家が廃屋だったということで、引っ越したときに床がなかったんですよ。

- SOUQ
- えー!どういうことですか、それは。
- 小倉
- 腐ってたから、大家さんが気を利かして剥がしてたんですよ。
- SOUQ
- 床がないとびっくりしますよね。で、どうしたんですか?
- 小倉
- 自分で床を張りました。
- SOUQ
- 大変でしたね。引っ越してみて、暮らしはどうですか?
- 小倉
- 僕みたいな仕事は、多分都会に住まない方がいいんじゃないかなと思ってるんですよね。クリエイターもいくつかタイプがあると思うんですけど、キュレーター的な職能のデザイナーやプロデューサーと、もうちょっと1点集中型で1つのことを掘り下げていくクリエイター。
- SOUQ
- キュレーターというと、いろんな人やコトを調整していく感じですね。
- 小倉
- 僕は東京でやってた時はどっちかというと前者なのかなと思ってたんだけど、実は気質としては違ってて、結構掘り下げ型だったんですね。そうすると都会はやっぱりノイズが多くて。情報が少ない方がいいんですよ。思考があまり中断されないほうがいいし、「今晩飲みに行ける?」ってメールがこないほうがいい(笑)。
- SOUQ
- つい誘いに乗っちゃいますからね(笑)。
- 小倉
- 田舎の環境だと、ずっと同じテーマで同じようなトピックスをリフレインさせ続けて、ちょっとずつ解像度を上げていくということができるんですよね。僕がやっている領域って狭いっちゃ狭いので、このやり方のほうが自分は向いているというのを山梨に来て気づきました。

- SOUQ
- 山梨といえばワインもありますし、発酵が盛んなところなんじゃないですか?
- 小倉
- いま発酵大国になりつつありますよ。ワイナリーもブリュワリーも増えてるし、ブドウ畑がだんだん増殖してるし、いい飲食店とか調味料屋さん、料理研究家も集まっているから、非常にいいですね。
- SOUQ
- 小倉さんが移住された頃から、発酵大国への道を歩み始めたんですかね?
- 小倉
- もともとキャパシティがあったけど、最近は若い人が集まってきている。だから大きな流れがあるのかもしれないですね。発酵文化というのは、僕らの先生みたいな上の世代って伝統文化っぽかったんですよ。でも僕らの世代では、カタカナでカルチャーといったほうがいい感じで。
- SOUQ
- 発酵カルチャー。
- 小倉
- みんな音楽が好きだったり、スケボーとかスノボやってたり。サブカルチャーの文脈で発酵をとらえる人たちがお酒をつくったり、発酵食品を使った料理をつくったりしている。発酵というのは現在進行形のカルチャー。ただ単純に守って継いでいくだけじゃなくて、今なお進化して新しい価値観を生んでいるものなんだということを言いたい、というのはありますね。

- SOUQ
- それをどう伝えていくかですね。
- 小倉
- 僕がいま一番仕事の中で考えてるのは、文化的なインパクト。10年前に味噌を集めてますとか言ったら変なやつ扱いしかされなかったけど、最近ちょっとかっこいいとか言われたりします。
- SOUQ
- 時代が変わってきた?
- 小倉
- 発酵というものがかっこいいカルチャーになっていくというプロセスにいたんだなって、振り返ると思っていて。自分たちが好きでやっていたことがカルチャーになっていくわけですよ。
- SOUQ
- 雑誌で発酵が特集されたりもしましたもんね。
- 小倉
- いま考えてるのは、そのインパクトを、自分たちが楽しく働けている間にどれぐらい出せるかということ。自分がやるべき仕事を最大限までやるべきだと思っていて、そのためにお金が必要だったらお金をなんとかすればいい。業界の中での地位とか肩書きというより、ホントに文化的なインパクトがまず第一。その次にお金やいろんな人とのネットワークがあると考えてるので。
- SOUQ
- 文化的なインパクトかあ…。

- 小倉
- デザイナーって結構器用貧乏になりやすいじゃないですか。プロジェクトをいくつも抱えていて。それってある意味保険になっているわけですよね。このプロジェクトがダメになったらこっちがあれば大丈夫という。それはそれで安心なんだけど、一方ではインパクトを出すという責任というか覚悟をあまり問われないわけですよ。逃げ道があるから。だからある時点からそういう仕事はやらないようにしようと思って。常に退路を断つ。SUCCESS or DIE(笑)。
- SOUQ
- それだけ思いきれるのはすごいですね。なかなかできないですよ。
- 小倉
- 醸造蔵とか飲食店とかは、みんなそうですよ。
- SOUQ
- そうかもしれませんね。

- 小倉
- ホントに、このひと樽が運命だって感じですよ。命かけてつくって、これまずかったらマジやべえって感じでやってますから。そうやっていま自分ができることを一生懸命やってて、そのために田んぼに向き合ったり水や微生物に向き合ったりするわけじゃないですか。そこに逃げはないんですよね。全力でやってて。僕もそういう姿勢に憧れて、こういう世界に入ったというものあって。だったら自分もそういう生き方をしようと。
- SOUQ
- 儲ける、儲けないということではなくて、文化的なインパクトを出したい?
- 小倉
- 出す責任があると最近は思っています。うまくインパクト出すと、継承する人が出てくるんですよ。若い人がニュースを知ったり、その世界に触れて自分もやってみたいと思うとか、つくる人が増えるということがあるし。僕自身が僕の先生たちがやってきた文化的なインパクトによってこの世界に入ったので、僕は次の世代にパスしなければならないという責任はあると思っていて。そのために自分が何ができるんだろう? ということは考えてます。でも責任を負いすぎてつまんないのはイヤだから、楽しんでやりますけどね。
取材・文/蔵均 写真/桑島薫
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