sAn 宝石のように輝くアクリルアクセサリー

JR尼崎駅から南へ歩くこと約5分。ここにアクリルを中心としたアクセサリーのブランド「sAn」の工場があります。
「商品のイメージから、みなさんおしゃれなアトリエを想像されるみたいなんですけど、全然違います。がっつり工場ですよっていつも言ってます」と笑うのは、「sAn」のアクセサリーデザイナーの白田梨恵子さん。
元鉄工所だったというここは、その面影を残し、白田和茂さんと梨恵子さんが5年前に始めた工場です。この場所、そしてブランドが始まった経緯はとても興味深いものでした。
和茂さんはもともと飲食店を経営し現在はプロデュースもしているのですが、かつて「yaggiしょくどう」という店で定期的にマルシェを開催していたそうです。
そこで、梨恵子さんが雑貨メーカーやアパレル会社でデザイナーとして働いていたことから、自身でデザインと縫製したボウタイやヘアターバンを作ったり、ヨーロッパやオランダの雑貨を仕入れたりして販売していました。
いつかは自分でブランドを立ち上げようと思っていた梨恵子さん。デザイナー時代に携わっていて大好きだったアクリルという素材でブランドを立ち上げる際、お世話になっていたアクリル工場に連絡をしたところ、ちょうど廃業することを決めたばかりでした。
「もう何も作られへんねん。」といわれ落ち込んでいたところ、「このタイミングで電話をくれたから、一度遊びにおいで」と言われたのです。
廃業する工場から「受け継ぐ」
「アクリルの工場へ遊びに行ったら、社長さんから『機械を全部ゆずるから、二人でやったら』と言われて。えー! って驚いたのですが、翌日には仕事を辞めて、二人で往復3時間かけて毎日修業しに通いました。
その工場は、おみやげ屋さんで売るようなOEMの商品などをつくっていたそうです。アクリル関係の職人さん全員から「絶対やめとき。この業界しんどいから」とも言われたそうですが、なくなりかけているものを残したいという想いが強くなり、迷うことはなく工場の機械や素材をそのまま受け継ぎます。
「いまとなっては、その当時の職人さんも『オレは見る目がなかった。やってよかったな』と言ってくれましたけどね。」

修行を終え、トラックで機械や素材をいまの工場に運んだ白田夫妻。その中には、和茂さんが古いし重いし捨てようと思ったアクリル板もありました。しかし、工場の社長は「こんなんもう買われへんから、これは絶対持っていけ」と。

「こういうヴィンテージの板は、もう日本ではつくってないんですよ。すごく貴重なものなので、捨てなくてよかったです。」
いまもこの板から美しい作品が生まれています。
がむしゃらな時期を経て
機械や素材を引き継いで、アクリルのアクセサリーづくりを始めた白田夫妻。しかし順風満帆の出航というわけにはいかなかったようです。資金繰りが厳しく銀行へ融資の依頼をするものの融資を受けれず、家族などから借りたお金も半年と経たずに底をつき、120万の支払いをするために父親が車を買う資金を借りることに。
「お金がないときに限って、機械の調子が悪くなるんですよね。モーターがダメになって、修理したら30万円ぐらいかかってきつかったですね。」
父親から借りた資金がなくなったら、いよいよ終わりのときと思った白田さんたちは、つくったものを自分たちの手で売ろうとネット販売をはじめ、 フリーマーケットやハンドメイドイベントなどに積極的に参加するようになります。反響があったイベントがあれば、その関連イベントに出るようにして、少しずつ顧客が増えてきました。
「当時ヘアアレンジが気になっていて、自分がフォローしていた大好きな美容師さんに“いっしょにイベントをしてもらえませんか”というメールを送って。いま考えると、なんの知名度もないブランドがよく頼んだなって恐れ多いのですけど(笑)、『一度商品を見てみたい』と言われて、送ったら『いいですね』となって、一緒にイベントできるとなった時は本当に飛び上がるくらい嬉しかったです。」

美容師さんのSNSを通して広まったこともあり、「sAn」のヘアアクセサリーは、多くの人に知られるようになりました。アクリルアクセサリーは、この工場でどのようにつくられていくか、和茂さんに実際に機械を動かしてもらいました。
アクリルをレーザーカッターで切り取り
まずはノコギリで、アクリル板を切断します。アクリル専用のノコギリというわけではなく、ゴムも木も切れるそうです。


さらにレーザーカッターで、アクセサリーの原形となる形にアクリルを切り取っていきます。
「前の工場から受け継いだ昔のレーザーカッターは、CPUが機械の中にあって、機械がデータを保存してるんです。だから機械も650万円ぐらいしたそうですが、いま使っているのは、パソコンから指示を受けて切るレーザーカッター。データを変えるのもパソコンでやればいいし、価格も半分ぐらいです。
切り取られたアクリルは、シュリンカーという大きなオーブンみたいなベルトコンベアで流し、100℃~150℃で熱してやわらかくしたあと、金型に合わせて曲げたり切ったりして形をつくります。

回る機械でアクリルを研磨
形が整ったアクリルは、次に研磨の工程に入ります。まずは“ガラ”と呼ばれる形もガラポンのような機械に水と石と特殊な玉を入れて、アクリルも加えて回します。季節によって回す時間は経験を元に変えていきます。

ほとんどの工場では、この磨く工程で終わるそうですが、「sAn」の工場では、さらに、樽のようなバレル機に入れアクリルを磨きます。ものによっては、もう一度手でバフ磨きも行います。
和茂さんは、「始めの工程で磨いただけのアクリルは、ツヤ消しの状態。更に磨きをかけることでテリっとした仕上げになります。

「前の工場では、レーザーカットから研磨までオールインワンでやっていたんですよ。私たちもそれを引き継いだのでそれが普通だと思っていたのですが、実はアクリル業界では分業制が普通で、すべて同じところでやってるのは、日本では数軒みたいなんです。」

タイムスケジュールを身につけたママさんの即戦力
夫婦二人だけで始めた工場も、今では主婦を中心としたスタッフ4人が働いています。自分の子育ての体験をもとにママさんが働きやすい環境づくりを目指しています。出勤日時も自由、子供が急に熱が出て保育園から呼び出しがきたら、スタッフみんなが迎えに行っておいでと後押しします。子供が家にいて預けることができない夏休み、冬休みの期間も休んで大丈夫。その分他のスタッフが急にお休みするときや長期休暇の際は助け合って働いてくれているそう。

「主婦の方って限られた時間のなかでごはんつくってお風呂入って、子どものお世話してって、常に時間に追われているお陰でタイムスケジュールができてるので、仕事でもそれが生かされていてすごく効率よく作業してくれています。次にこれをしようと、自分の中でタイムスケジュールがしっかりできてるので、手も早いし要領もいいですね。
とスタッフに全幅の信頼を寄せています。


「今の環境は思いついたデザインをすぐに形に表せれるのがいい。メーカーに勤めていた時は指示書書いて工場に説明してサンプルが上がるのに2週間近くかかっていたので。インプットからアウトプットまでが素早いのは私達夫婦が共通しているところ。思いついたり、やりたい!と思ったら即行動を起こします。そうして素早く形になったデザインをフレッシュなまま店頭に並べることが移り変わりの早い時代にあっているのかもしれません。 また店頭での接客も極力私自身で店頭に立ちます。店頭は今、お客様が求めていることや商品に対しての感想、地域性など実際に聞いたり体感することで発見があったり参考になったり、また時代の流れを感じ取ることができる貴重な場なのでこれからも続けていきたいと考えています。」と梨恵子さん。
数少なくなっていく日本のアクリル工場を守りながら、素敵なアクセサリーがこれからも生まれそうです。
写真/桑島薫