tamaki niime 第3回 色にとりつかれて

使い手目線の発想で、播州織の新世界を切り開く「tamaki niime」。今回は名作ショール誕生の瞬間と、新雌さんが「とりつかれている」という“色”についてうかがいました。
- SOUQ
- 定番のショールはブランドスタートからあったのですか?
- 玉木
- 最初はシャツを作っていたんです。ユニセックスの、カッターシャツのような。私、シャツが好きじゃないのに(笑)。
- SOUQ
- なぜシャツを?
- 玉木
- 播州織はシャツに使われることが多い生地で。播州織=シャツでなければいけない、とがんじがらめになっていて。
- SOUQ
- 常識がじゃまをして…。

- 玉木
- あるとき、西角さんとシャツの生地を試行錯誤していて、もっとやわらかく! ってお願いし続けていたんです。そうしたら、やわらかくなりすぎちゃって。シャツにすると破れちゃうんですけど…みたいな(笑)。でも、その生地があまりにも気持ちよくて、何か使い道はないものか?と。「西角さん、首に巻いてみて! ほら、すごく気持ちいいでしょ~」なんて言って。で、巻きものだったらいけるんじゃない?!って。
- SOUQ
- シャツづくりの失敗がショールを生んだ?
- 玉木
- 偶然ですよね。

真逆の発想で突き進む
- SOUQ
- 元々、播州織でやわらかく、ゆるく織る方法はあったのですか?
- 玉木
- 邪道ですね。基本的にやらない。播州織の職人は、できるだけ詰めて織ることを大切にする。いわば、真逆の発想で。
- SOUQ
- それを熟練の職人である西角さんは受け入れてくださったんですか?
- 玉木
- そういう点で西角さんは珍しい。私は職人さんって彼のような人ばかりだと思っていたんですけど。
- SOUQ
- 違ったんですね。
- 玉木
- 全然違った。あるとき、西角さんに言われたんです。「俺はおまえより先に死ぬぞ。この作風を続けていくんだったら、その時は誰が織るんだ?」って。それは困る!!と思って、他の職人さんにもお願いできるようお話に行ったんです。でも、あのやわらかくて気持ちのいい播州織は西角さんだから出来たことで、他の人には難しいことがわかって。

- SOUQ
- 職人だからできるわけではないんですね。
- 玉木
- でも、今なら技術を持っている職人さんがたくさんいるし、教えてもらえる環境もある。だったら、自分で習得しよう!と。
- SOUQ
- 自ら織る作業も?!
- 玉木
- 西角さんに相談したら、ショールをもっと風合いよく、やわらかくしたいんだったら力織機にしなきゃだめだって。1960年代頃の古い織機で、西角さんの工場にはないもので。
- SOUQ
- ショールのために織機も必要になったと。
- 玉木
- そこから、自ら機械を揃えて織るようになって。そのときに導入した力織機は、今も大切に使っています。


少量多彩な一点ものを
- SOUQ
- 現在は力織機以外に編機などもあるんですね。
- 玉木
- さまざまな作品が生まれたので。
- SOUQ
- 糸の染色も自社でされているんですか?
- 玉木
- 自社でするものと、お願いをして染めてもらっているものがあります。
- SOUQ
- 一部、自社で染色されるのはなぜ?
- 玉木
- 一点ものをつくりたいので、色もたくさんないといけない。同じ色のパターンを繰り返し使ってしまうと、おのずと一点ものではなくなってしまう。毎回、新しい色にしたいから染色にも挑戦しようと。ふつうの染色工場は、ムラなく均一に、再現性をもった染め方が基本。でもうちは、再現性なく、ムラをつくり、毎回違う。


- SOUQ
- こちらも真逆の発想ですね。
- 玉木
- お願いをして染めてもらう糸は、均一性のある美しさがある。ならば、うちでは染色のプロができないことをしようと。サランラップを巻いて、その部分だけ染まらないようにするとか。
- SOUQ
- ずいぶん実験的ですね(笑)。
- 玉木
- あとは、糸そのものに色のグラデーションを付けるとか。ベタできっちり染まっている糸とムラのある糸では、同じ糸でも織り上げたときにまったく違う表情を見せてくれるので。完全に色に取り憑かれているの(笑)。まだまだ、もっといい色を出せるだろう、その方がお客さんも楽しいだろうな、いっぱいの色から選べた方がいいだろうなって。
取材・文/村田恵里佳 写真/桑島薫
デザイナーにして織り機を操り、染色にも挑む好奇心旺盛な新雌さん。次回第4回は、さらなる挑戦! コットン栽培の話が飛びだします。