産業資材を使ったメイドインジャパンのバッグ

横浜駅みなみ西口から歩いて10分弱。飲食店街やショッピングビルの脇を通り抜け大きな通りを渡ると、それまでの賑やかさがウソみたいに、穏やかで静かな空気が流れています。「TENT」のショップ兼アトリエがあるのは、どこか下町のような雰囲気も感じる落ち着いた町の一角です

鮮やかなピンクの扉を開けると、バイカラーのカラフルなバッグの数々やオーダーメイド用のパーツなど、さまざまな色彩が目に飛び込んできて、自然と心が躍ります。窓ガラスに描かれていたサーカスシルエット。そうか、これはサーカスのテントだ!

それもそのはず、「TENT」のバッグの素材は、まさにサーカスなど屋外用のテントやトラックのホロなどに使われる産業資材。社長の米田仲夫さんにブランド立ち上げのきっかけを尋ねると、意外なスタートのエピソードが。

「今から10年ほど前のある日、母親から、『知り合いの屋外テントの加工工場で余っているテント生地があるから、それでなんか作ったら?』と言われたんです。もともと、ものづくりが好きだったので、一度、見せてもらおうと工場におじゃましたんですよ。そしたら、この機械があって」

そう言って、アトリエの入り口にどんと存在感を放つ機械を指さしました。それは、テント生地をくっつける高周波ウェルダーと呼ばれる溶着の機械。ガタガタと縫っていくミシンとはちがい、布を挟んで数秒で溶着することができるから、平面からバッグという立体になるのはあっという間です。
最初はハギレを利用してものづくりをスタートした「TENT」ですが、ブランドを立ち上げた2011年は、偶然にも〝エシカル〟が注目されはじめていた時期。それもあってか、展示会に出展すると、百貨店やセレクトショップのバイヤーに注目され、たちまち注文が殺到しました。そして、ハギレでは間に合わなくなり、テント生地を仕入れる必要が出てきたのです。しかし、この素材の調達が通常のアパレルとは大きくちがうところだったそう。

「産業資材ですから、通常の布とはちがって最小の単位が私たちにとってはとても大きくて。買おうとすると、1反=50メートル買わなくてはならないんです。最初はこんなにたくさん仕入れて使いきれるのか想像ができていませんでしたが、そうしたことで色のバリエーションも増えたので、結果的にはよかったですね」

ここ数年は、希望の色で別注を作り、さらにバリエーションを増やしているそう。そして、テント生地を作っている企業と一緒に、さまざまな新しい試みにも挑戦していると言います。

「テント生地の別注を作るっていうのは、実はとてもハードルの高いこと。でも、幸運にもお世話になっているメーカーさんに熱意を理解していただくことができたり、機会を重ねることで信頼関係を築いたりして、こうして新しい生地を作ることができています。今、ターポリンに型押しで模様をつける技術を持った企業とタッグを組んで、模様の入った素材づくりにも挑戦しています」

また、米田さんはこう付け加えます。「いろいろな色や模様の素材を作ることで、この業界が少しでも盛り上がったらいいなぁって思っているんです。僕たちは産業資材をアパレルに取り入れていますけど、その逆が起こったらおもしろいなと。TENTで別注したようなカラーのホロをつけたトラックが走っていたら、それってロマンだなぁって」

アトリエには、溶着の大きな機械の他にミシンが3台。そして、色別、サイズ別に整理されたテント生地やさまざまなパーツが棚に美しく並べられています。何人ものスタッフで作っているのかと思ったら、現在は米田さんを含めて3人というごくごく少人数。
年間にどのくらい作っているのかお聞きしてみると、その数、なんと約4000個。その数を、この少人数で?と驚いてしまいますが、それを可能にしているのは、人の手と機械との絶妙な役割分担だと言います。

「ミシンは、3台中2台がコンピューターミシン。これを導入したのは、昨年、長く縫いを担当していたスタッフが辞めたことがきっかけでした。熟練した技術ってそう簡単には身につきません。これから人を育てようとすると、時間もかかりますし最初はクオリティも安定しづらい。 それで、この機会にいろいろ考えた結果、コンピューターミシンを導入することにしたんです。もちろん安くはありませんが、メイドインジャパンの姿勢を貫くためには、いい買い物だったと思いますね」

米田さんのお話をお聞きしていると、初動も転換もスピーディーで軽やか。高価であっても、今より良い状態になるならと、機械の購入も躊躇することはないのだとか。

「機械や道具が好きですぐ買っちゃうんですけど、これは使えないと思ったら潔く手離しますね(笑)。自分で失敗しないと気づかないタイプなので、いくら事前に忠告受けても、まず自分でやってみるんです。あ、僕、凹むことがないんですよ。だって、失敗でもなんでも勉強じゃないですか」

軽やかに進化するのは、製作環境だけではありません。「TENT」のバッグは、デビューの頃から細かい改良をし続けています。それは、すべてお客様の声によるものだと、企画から販売まで幅広く担当する和久井麻未さん。
「最初は、トートにもチャックは付いていなかったんです。でも、店頭でお客様とお話する中で、ファスナーがあったらなぁ、というお声をいただいたり、外側にもポケットを付けてほしいとご要望をいただいたりして。それで、少しずつ機能を追加していったんです。外のポケットは、雨の中で使っても水が溜まらないように、と今の形に落ち着きました。 TENTは、3世代でそれぞれのお気に入りを見つけていただけたり、ユニセックスで使っていただけるブランドです。だから、こういう色が欲しいとか、こういう色の組み合わせが好きとか、いろいろな声をお聞きして、素材づくりにも生かしていきたいですね」


今後、どんなふうに進化をして行くのでしょう。米田さんは、これからの展望をこう話します。
「最近、革製品を作るための学校に通っていたんです。そうしたら、丸手というハンドルを知ったんです。これ、高級ブランドのバッグにはよく使われていますが、作り方を知るとそれも納得。革の中で使える向きが決まっているから、コストもかかるんですね。でも、これをTENTにも取り入れて自社で作れたらおもしろいんじゃないかと思って。 あとは、生地へのプリントはやってみたいですね。まだプリント技術が追いついていないので摩擦に弱くて。でも、いろいろな絵柄をプリントできたら、バリエーションも広がりますしね」
「TENT」の好奇心は留まるところを知りません。ユニークなバッグブランドはこれからもどんどんアイデアを広げていくにちがいありません。

取材・文/内海織加 写真/東泰秀
〈店舗情報〉
TENT
〒220-0073 横浜市西区岡野1-6-30 三幸ビル1F
045-311-5000
営業時間 12:00~18:00 (不定休)
http://tent-bag.com/