上出長右衛門窯(かみでちょうえもんがま) 第2回 人の心に寄り添う「笛吹」

明治12年に創業して綿々と続く九谷焼の「上出長右衛門窯」。窯を代表するモチーフ「笛吹」について、六代目に当たる上出惠悟さんに聞きました。
- SOUQ
- 「上出長右衛門窯」というと、やはり「笛吹」の絵が印象的です。それを惠悟さんが、いろんな楽器やラジカセを持たせたり、新しい感覚でアレンジされたのですか?
- 上出
- そうですね。笛吹は70年ぐらい「上出長右衛門窯」で描いているモチーフです。元々は明時代の古染付の柄です。古染付って日本人がすごく好きな焼き物で。
- SOUQ
- 古染付ってどういうものなんですかね?
- 上出
- 昔、中国に明という王朝があって、磁器というのは官窯、日本だと藩営って言ったりするんですけど、国や政府がつくっていたところが多くて。ヨーロッパでもロイヤルコペンハーゲンとか、名前からしてわかりやすいですよね。
- SOUQ
- なるほど、王室御用窯ですね。

- 上出
- 中国もそうで、景徳鎮自体が王朝の御用窯という存在で、たくさんの注文を担っていたみたいなんですけど、王朝が弱ってくるとそれも廃止され、民窯が力を持った。国の命でつくっていたときほどいい素材は使えないけど、そのぶんのびのびと自由に絵が描けたりとか。それまでに比べると絵が楽しそうなんですよ。
もとは古染付の柄だった笛吹
- SOUQ
- それは、お上からの規制があるということですか?
- 上出
- 規制というか、すごい数の注文で、かなり法外な労働をさせられていたそうです。陶工たちはそういう苦しみから解放されて、野放しで自由奔放に絵が描けたようです。それらの染付のうつわを古染付って日本では呼んでいて。質が悪いので、釉薬がちゃんとのっていなかったり、歪んでたりしている。でもそれが日本人の美意識にはまった。茶人に好まれたようです。産地である中国にはあまり残っていなくて、日本に多く残っています。

- SOUQ
- その古染付の一つの柄が笛吹ということですね。
- 上出
- そうです。祖父が笛吹という柄がすごく好きで、うちでも描き始めたんです。そして70年ぐらいずっと描き続けていると世代が変わるごとに、伝言ゲームみたいにちょっとづつ絵が変わっていったりして。
- SOUQ
- 70年前とは微妙に違っているんですね?
- 上出
- はい。それがすごくおもしろいなあと思っているんですけど。なんてことない絵が少しづつ変化しつつ、その時代時代の人に受け入れられる。日本酒に詳しい友人が、日本酒は飲む人に寄り添うお酒だと言っていて。

- SOUQ
- 今度は日本酒に話が飛びましたね(笑)。
- 上出
- 失恋とかして悲しいときに飲むとより一層悲しくなる。みんなでワイワイ飲むともっと楽しくなる。そういう性質が日本酒にはあるという話をしていて。僕らのつくるうつわも使う人の心に寄り添うものかもしれないって思ったんです。
- SOUQ
- いいですね、“人の心に寄り添ううつわ”。
悲しいときも、楽しいときも。
- 上出
- 笛吹がうちのロングセラーになったのは冠婚葬祭いつでも客人に出せるという点だったみたいで。つまり笛吹の表情なんかも、そのときその人の心のありようが反映されるようなところがあるんじゃないかと思って。手で描いているので、一点一点個体差もあるし。それがなんかすごく貴重というか、あまりないことなんじゃないか。それを大事にしたいと思っています。

- SOUQ
- 笛以外の楽器を持たせたのは、どうしてですか?
- 上出
- 僕は生まれてから20数年かかってようやく笛吹のよさがわかったんですよ。家では食卓に出たりもしてたんですけど、生まれた時からあると客観的には見れないじゃないですか? だから笛吹のよさに気づくのに結構時間がかかったんですけど。やっぱり自分と同じような若い人に伝統柄の湯呑のよさを知ってもらうのって結構難しくて、それで持たせる楽器を変えたら興味を持つきっかけになるんじゃないかなと思ったのが最初に考えたことですきっかけ。でもちょっと過剰だなと思っていて、今後は笛吹一本でやっていけたらいいなと実は思っています。
- SOUQ
- これからも笛吹はつくり続けるということですね。
- 上出
- 何気ない絵柄なんですが、何気ないものをつくるのって難しくて。明代から日本人に愛されて消えないで残ってきたものの強さってあると思うんですよね。そういう意味で、今から400年後も愛されるような普遍性があるものをつくろうとしても簡単なことじゃない。

- SOUQ
- 笛吹は、ほかの窯ではそれほど描かれてないんですか?
- 上出
- 多分、すごく王道的な古典柄というわけではないとは思います。
- SOUQ
- じゃあ「上出長右衛門窯」の代名詞的な絵柄ですね?
- 上出
- そう感じていただいている人も多いと思うし、僕自身笛吹がすごく好きなので、アイコンのように使ってきているところもあります。僕が家業を継ごうと思ったのも、笛吹があったからというところも少なからずあります。原点ですね。
写真/桑島薫
これからも笛吹は大切にしていきたいという惠悟さん。次回第3回は、運命的な出会いから、コラボレーションをすることになったスペイン人デザイナーについて話を聞きます。
Creator/Brand

石川県の代表的な伝統工芸である九谷焼の窯元
上出長右衛門窯(かみでちょうえもんがま)
「上出長右衛門窯」は明治12年石川県に創業。東洋で始まった磁器の歴史を背景に、職人による手仕事にこだわり、一点一線丹誠込めて割烹食器を製造しています。