思わず笑みがこぼれる!縁起のいい創作張子で新年を

ダルマを抱えたネズミ、ネズミに乗った大黒様、鏡餅かなと思いきや丸まった白猫の2段重ね……。そのアイデアとかわいらしい表情に、思わず表情がほころんでしまう、そんなユーモラスな創作張子は、作家 渡部剛さんによるHARICOGRAPHY(ハリコグラフィー)のものです。一つ一つ手作業で作られているから、同じ絵柄でも微妙に表情がちがい、一点ものと言ってもいいくらい。それもまた、出会いの楽しみです。

HARICOGRAPHYの張子の魅力は、何と言っても遊び心。モチーフ自体は、干支だったり招き猫だったり、見慣れているものであったとしても、渡部さんの手にかかるとイメージは一変。なんとも言えない愛くるしさが宿るので不思議です。
決して同じものが作れないから愛おしい
「十二支のネズミは、子孫繁栄や五穀豊穣の意味があって縁起がいいんですよ」「このダルマは、山梨の親子ダルマのオマージュなんです」と、ひとつ一つ丁寧に解説をしてくださる渡部さん。それぞれの背景にある意味やストーリーをお聞きすると、よりその張子人形がかわいらしく、そして魅力的に感じられます。

「この猫の鏡餅は、張子のまだ絵付けをしていない状態がお餅みたいだなぁ、と思って。でも、ただ鏡餅を作ってもおもしろくないので、どうしようかなぁと思っていたところに、丸くなった猫を思いついたんです。新春が終わったら猫にして通年で楽しんでいただけますよ(笑)」

実際に作っている最中の張子を見せていただくと、確かに、お餅っぽくもあり、和菓子やマシュマロのようでもあり、雪が積もったような丸みもかわいらしく感じます。その曖昧なフォルムこそ張子の魅力、と渡部さん。


「張子づくりは、すべて手作りです。工程を重ねるたびに、どんどん形に丸みが出てきて、最初の型とは全く違うものになる。その感じがすごく好きなんです。形を作るのも絵付けもそうなのですが、工業製品のように完全に同じものは作れません。そのコントロールの効かなさが楽しいんです」


土地ごとに伝承された郷土玩具に魅せられて
ところで、渡部さんはなぜ張子作りを始めたのでしょう?
「もともと学生時代から古雑誌や既存のものを使ったコラージュなどで作品制作をしていたのですが、その延長で、よく土産物で見る鮭をくわえた熊の置物にペイントしてみたんです。そうしたら、見慣れた造形物のイメージが更新される感覚があって、それがおもしろいなぁ、と感じていたんです。

そんな流れで、ある日、妻の本棚から郷土玩具が紹介されている本を見つけて、何気なく見ていたら、行ったことのある神社でもこんなかわいい置物が売ってるんだ!っていう発見があって。それで調べていくうちに郷土玩具にも興味が広がって、そこからずぶずぶはまっていきましたね(笑) その中の一つが、亀戸天神の木鷽(きうそ)。生まれ育った江東区の神社で頒布されているものなのに、全然知らなかったんです」

郷土玩具の素朴なかわいらしさや日本人らしい洒落にぐっと心惹かれ、本格的に調べ始めた渡部さんですが、それを「おもしろいなぁ!」というだけで終わらせず、真似て張子人形にしてみようとしたのが、彼のすごいところ。そのライフワークは、郷土玩具を知る自由研究的な側面も持ちつつ、同時に張子人形づくりの練習でもあったのだと言います。

「47都道府県の郷土玩具を張子で真似て作りながら、その由来や込められている願い、その土地の歴史について調べていると、日本各地にはいろいろな神話や歴史や風土など、とても豊かなものがあることに気づいたんです。郷土玩具は、その氷山の一角としてポンと乗っかっているものというか。だから、知れば知るほど、おもしろいと感じますし、その土地にも足を運びたくなります」

渡部さんの勉強家な一面に、先程、細かく解説してくださったのが、合点がいきました。そうか、だからひとつ一つにある意味を大切にされているのか、と。そして、渡部さんは、こう加えます。
「知識を得ることでアイデアが生まれることもありますし、古い資料を見ながら、こういう表情のものを作ってみたいなと思うこともあるんです」

数々のユーモラスな張子のアイデアは、単なる思いつきではなく、古くから伝承されている意味や願いと、渡部さんの引き出しにある情報や感性が結びついたコラージュのようなものなのかもしれません。
ふるさとの魅力に触れるひとつのきっかけに
渡部さんが、こうして様々な地方の郷土玩具に着目し、作品を作り続けるのには、郷土玩具そのものが魅力的である他にも理由があると言います。

「私は、東京生まれ東京育ち。〝ふるさと〟みたいなものがないので、昔から変わらない風景や風習、伝承やお祭りみたいなものに憧れがあるんです。だから、郷土玩具を調べたり真似て作ったりしながら、自分なりの〝ふるさと〟を体験しているのかもしれません。わたしが作っている張子も、手にしてくださった方が、そういう日本各地に残る郷土玩具を知って、自分のふるさとや訪れたことのある地にあらためて興味を持つ、ひとつのきっかけになってくれたらいいなと思っています」

張子に限らず「置物」というジャンルは、生活必需品ではありません。でも、逆にそういうものこそ、これから魅力が伝わっていくはず、と渡部さんは語ります。

「器などはブランド化されていて、多くの人が手にしているものだと思います。それに比べると、張子人形とか郷土玩具って実用品ではないから、人の心にひっかかりにくいところはあるのかもしれません。でも、そこに込められている願いや土地の信仰など、昔から脈々と受け継がれているものが見えてくると、きっとおもしろみを感じてもらえると思うし、生活必需品じゃないからこそ、おもしろがってもらえると思うんです」

今回ご紹介した張子も、言ってしまえば、直接的に暮らしの役に立つというわけではありません。でも、ふとした瞬間に目が合うと、ふふふ、と笑みがこぼれてしまう。それだけで、十分な気がするのです。ほら、「笑う門には福来る」と言うじゃありませんか。愛嬌たっぷりの張子人形と共に、新しい年を迎えませんか?

取材・文/内海 織加 写真/東 泰秀
Creator/Brand

創作張子
HARICOGRAPHY(ハリコグラフィ)
日本各地の郷土玩具のデザインや地域伝承などに影響を受けつつ、さらに現代的な感性や文脈を織りまぜて、懐かしくも新しい、記憶を刺激するような創作張子を制作しています。