手の甲には「木彫りの熊」! 民芸品モチーフのカラフル手ぶくろ



磯野さんは、現在東京を拠点に活動していますが、出身は香川県。「Yokke Pokke」の手ぶくろが生まれるきっかけになったのが、「故郷の香川でものづくりをしたい」という想いです。香川県の東部に位置する東かがわ市は、手ぶくろの産地として知られ、全国の生産量のうち、なんと90%のシェアを占める手ぶくろの街。その中核をなす株式会社トモクニは、創業して60年以上、手ぶくろをつくり続けています。

「“うどん県てぶくろ市”の愛称があるくらいです(笑)」と会社を案内してくれたのが、取締役の友國隼介さん。東かがわ市が「今治タオル」のように「香川てぶくろ」を広めようと、内外に積極的にPRをしているようです。

そんな手ぶくろの街にある工場の扉を叩いて作品づくりをしようとした磯野さん。もちろん最初から手ぶくろの製作を依頼したと思いきや…。
「最初は手ぶくろじゃなかったんですよ。まずは『Yokke Pokke』のポーチやマルチタオルなどに使っているボン天をお願いしました。市販で売っているボン天ってアクリルが多いので、自然素材のコットンでつくりたいなと思って」

ボン天とは一般的には“ボンボン”と呼ばれることが多い丸いふわふわした飾り。ニットキャップなども製造するトモクニは、小ロットであるにも関わらず、快く「Yokke Pokke」のボン天づくりを引き受けてくれます。

マフラーから手ぶくろへ
「そうこうしているうちに、2017年、冬のアイテムづくりを企画していたときに、マフラーをつくろうと思ったんですね。表側は自分の生地を使い、裏側をトモクニさんにニットで編んでもらうマフラーをつくりたいという話をしたら、どうにかします(笑)って言ってくださって」と磯野さん。



マフラーづくりを進めているときに、「手袋をつくらないか」という提案がトモクニから出てきます。
「そりゃそうですよね、トモクニさんは手ぶくろの会社だし。つくらないといけないなと、ちょっとモヤっとしてたんですけど、なかなか納得のいく手ぶくろデザインが降りてこなくて。やるんだったら「Yokke Pokke」らしいものをつくりたかったので、それを思いつくまで待ってくださいとお伝えしました」。

そうして昨年、「やりたいものがある!」って磯野さんに降りてきたのが、鳩笛柄の刺繍を施した手ぶくろです。
「私がやりたいことを詰め込んだので、親指とか指の細い部分にも刺繍を入れてもらって。それが結構難しいんですよね?」と磯野さん。
「色数も多いし、刺繍があちこちにあるんで時間もかかる。革に刺繍するんですけど、マチの部分を縫製するのに、ちょっとでもずれてしまうと刺繍の場所が変わったりとか、職人さんたちは気を使いながらやってましたね」と友國さん。


民芸品や郷土玩具がモチーフ
「鳩笛の刺繍の色を全部変えたりとか、現場の人は大変だったと思います」と磯野さんが言うように、手ぶくろのあちこちにかわいい鳩の柄が散りばめられています。「Yokke Pokke」は、鳩笛のような日本に残る郷土玩具や民芸品をデザインモチーフにしていますが、そのような柄は、どのようにして生まれたのでしょう?
「郷土玩具や民芸品って、けん玉とか鯉のぼりをはじめ、色がはっきりしているものが多いし、フォルムが愛くるしい。日本の伝統的なものって改めて見るとすごくきれいで面白いので、昔から残っているものを、もうちょっと違う形で若い世代の人達に伝えていけたらいいなと思い、始めました」。

もともと木彫りの熊が好きで集めていたという磯野さん。まずは木彫りの熊をモチーフに絵を描いてみたら面白くできて。だったら他の民芸品や郷土玩具も描いていこうと思ったそうです。
「木彫りの熊への愛がすごすぎて、だからブランド最初の柄はシャケをくわえた熊をデフォルメした『KIBORINOKUMA』。そして去年、木彫りの熊でも壁掛けのマスクがあるんだというのを知って、顔だけの柄『KIBORINOKUMAKAO』をつくったんです。同じシリーズで違う柄を描くのは初めてです」。

熊の顔が手の甲全体に描かれる、かなり個性的な「KIBORINOKUMAKAO」のショートグローブは、刺繍の入ったグローブに続いて制作されました。
「刺繍の手ぶくろはきれいめなので、カジュアル使いできる、柄を生かした手袋をつくりたいと思って、ショートグローブにいきつきました」と磯野さん。生かしたい柄は「KIBORINOKUMAKAO」をはじめ全部で6柄です。

「すすきみみずくを知ったときは衝撃的で。色を変えたら『モンスターズ・インク』に出てきそうな、見た目がハートっぽい感じで、すごいかわいいなあって。東京・雑司が谷の鬼子母神のお守りみたいなものなんですけど」と磯野さん。



2017年にブランドがスタートした「Yokke Pokke」。民芸品や郷土玩具の柄は、最初は約10柄でスタートして、1年で10柄近くを描いてきたことで、今は30種類ほどあるそうです。
「『Yokke Pokke』のショートグローブで珍しいのは、普通ファーの太い部分は手首のほうにくるんですけど、逆に手先のほうにあるんですね。コートを着ちゃうとファーが手首にあっても見えないし、手先が寒いから、こっちのほうがあったかいんじゃないかと思って、あえて手先側を太いファーにしています」。

普通とは真逆なことをやってしまう磯野さんのユニークな発想と、いいものをつくりたいという強い想いゆえに、長い手ぶくろづくりの歴史を誇るトモクニの現場もかなり苦労したようです。そんな手ぶくろづくりの現場を、磯野さんとともに訪れました。
手作業で始まり手作業で終わる
「打ち合わせで工場を訪れたことはあったんですが、実際にグローブがつくられているのを見させていただくのは初めてなんです」と磯野さん。年季の入った道具や機械が並ぶ昔ながらの工場では、数名のスタッフが「Yokke Pokke」の手ぶくろを製作していました。

刺繍が入ったグローブは、鳩笛の柄が刺繍された紫色の革を、“ポンス”と呼ばれる機械で抜き取りしていました。




「革を切るのは結構難しいんですよ。部位によって、やわらかいところもあれば固いところもある。それを見極めながら切りかたを変えていかなければならないですから」と工場長の赤松さん。
裁縫のセクションに目をやると、女性たちがミシンを使って手ぶくろを縫っています。友國さんは、「ショートグローブは、磯野さんからいただいたプリント生地が、ガーゼのように薄い生地なので、裁断するとどんどんほつれが出てくるので、生地の裏側に芯を貼って縫製していく。貼り付けるのにも伸びたりするので気を使いながらやってます」。
手ぶくろを縫うのは、パーツも曲線も多いので技術が必要となり、一人前になるには最低でも5年の修業が必要だそう。“手ぶくろの街”東かがわ市でも、縫製員がだんだん減ってきているそうですが、トモクニには、30年、50年以上のキャリアがある縫製員が働いています。


縫製員の今出さんは、「『Yokke Pokke』のショートグローブの場合、手首のファーの部分の間隔が狭いので難しいですね。毛の流れを変えながらふわっとなるような縫い方をさせていただいてます」。

縫い終わってからも、生地の中に入りこんだ毛を小さなハサミでていねいに出す岡村さん。「毛が起き上がった感じにすると、風合いが全然違ってきますので。最後にかわいく仕上げようという感覚でやります」。



「手ぶくろづくりは、手作業で始まり手作業で終わるけん」と工場長。確かに、ひとつひとつの工程は、すべてスタッフのみなさんの確かな手しごとによって行われていました。そしてなによりも感じられたのは、「Yokke Pokke」の手ぶくろへの愛情。磯野さんの顔を見ると「いつもかわいいのをありがとう」、「配色がすごくかわいいもんねえ」って言葉をかけてくれたり、「せっかくかわいい生地をいただいているので、いいものをつくりたいという気持ちです」と言って縫ってくださったり。
手ぶくろづくりを見終わった磯野さんは、「こんなに細かい手作業ばかりは思わなかったので、難しい注文をしてちょっと心が痛みます。でも、ひとつひとつの工程に愛情があるのでうれしい」。心をこめてつくられる「Yokke Pokke」の手ぶくろは、きっと暖かいに違いありません。

取材・文/蔵均 写真/桑島薫
Creator/Brand

テキスタイルデザイナー
Yokke Pokke(よっけぽっけ)
「身につけて楽しむ文化」というコンセプトで日本文化である民芸品・郷土玩具などを描き生地を制作。それらの生地を用いて職人さんと一緒にカラフルな服飾雑貨アイテムを制作しています。